大阪市立科学館で、オムニマックス映像「アストロボーイ鉄腕アトム 10万光年の来訪者(イグザ)」が上映中なので、見に行ってきました。これ、2005年の作品で前に天保山でやっていたんですが、見損ねていて、今頃見に行った次第です。
10万光年のイグザ

しかし、率直な感想。まあまあです(^^;)いや、見る前からだいたい作品のレベルはわかってはいたんですが…。「アストロボーイ鉄腕アトム」は正直あまり好きではないので、手塚ファンの義務として(苦笑)見ている感があるんですが…。(見たくないなら見なきゃいいのに、といわれるかもしれませんが、これがそうもいかないのが手塚ファンのサガ^^;)

う~ん、何が足りないのかなー「アストロボーイ」。別に作画が悪いわけでもないし、津村アトムにはもう慣れたんですが…。あえて言うなら…脚本に全然インパクトが無いんだよなー。
「アストロボーイ」は、原作とはストーリーが全く異なるため、原作至上主義の私にはこれがアトムの顔をしていてもアトムに見えないんです。「手塚治虫原作」をうたっていてもどこにも手塚イズムが感じられない。

でも、まあお客は入っていました。日曜日ということもあって、ほとんどは親子連れ。子供はおもしろいんやろか?これ。別に原作にこだわっているわけじゃないんですけどね…原作とかけはなれていても面白ければいいんですけど…。でも原作のアトムが少しも感じられないアトムってアトムって言えるのか?
一般ウケしなくても、マニア受けする作品を望んでいるんですけどね、個人的には。それじゃお客は入らんか(^^;)しかしねえ、だからといってマニアの心をつかめない作品が一般ウケするとも思えないんですよね…。

…とぶつぶつ文句を言いましたが、でも。大阪市立科学館でアトムをやってくれるのは嬉しいんです。だって、ここ大阪市立科学館は手塚先生が宇宙への夢をかきたてたプラネタリウムがある場所ですから。
プラネタリウム

これがそのツァイスⅡ型プラネタリウムです。かつて四ツ橋の電気科学館にあり、現在は有形文化財として保存されています。詳しくはこちらを。
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世の中には名曲と呼ばれている歌があります。
何度も何度もカバーされ続け、何十年も歌い継がれる曲。

♪空をこえて ラララ 星の彼方

で始まる「鉄腕アトム」はやっぱり名曲!
この歌をこえる「鉄腕アトム」は絶対あり得ない!

そう思ったのは、このCDが発売されたからです。

鉄腕アトム21st century ver.
(リンクページで視聴できます^^)

今月の虫ん坊の特集でこのCDの特集が組まれていたので、購入したら想像以上にいい歌じゃないですか!なんて表現したらいいんでしょう!?オーケストラのようなポップス?(文字で表現したらわけがわかりませんが、そんな感じなんです。)オーケストラの壮大なメロディとポップスの要素が組み合わさった、でも懐かしい感じ。

虫ん坊の記事によるとこのCDを手がけた音楽プロデュサー・大川正義さんは、94年発売の モスクワ・モス・フィルム・オーケストラ演奏による オマージュ・アルバム『手塚治虫メモリアル・シンフォニー』を手がけた方だとか。CDを聞いて「ああ。どおりで」と納得しました。94年というと手塚治虫記念館がオープンした年であり、私が手塚ファンになったばかり。スポンジが水を吸う如く手塚ワールドを吸収していた時期にこの『手塚治虫メモリアル・シンフォニー』に出会ったんです。ホントにもう何百回聴いたことか!オーケストラが奏でる手塚ソングのメロディに手塚ワールドの無限を感じたものでした。

今回発売された「鉄腕アトム21st century ver.」はラインナップが「鉄腕アトム」と「ロボットマーチ」のたった2曲をいろんなバージョンでアレンジしてあります。大川正義さんが「ロボットマーチ」にこだわって作ってくださったのはすごく嬉しい。しばらくこのCDがマイブームになりそうです。

ま、とにかく買って損はしません。是非是非聴いてみてくださいな♪
先日、「阪急のブロンズ大時計とシャンデリア」のエントリー内で、このブロンズ大時計ができた際、引き出物として同じ図柄の置き時計が作られた、と書きました。すると、早速「持っていますよ!」とのコメントを頂戴いたしました。まさかこんなに早く反響があるとは!

というわけで、ランドスケイプさんからいただいた写真を公開します。
ブロンズ大時計置時計

▼メールでいただいたコメント
外形寸法が高さ23cm×幅16cm×厚さ0.3cm×奥行8cmで楯のような感じの置時計です。材質はブロンズ?でかなりの重量感があります。エッチングでブロンズ時計のデザインを浮かび上がらせているようです。時計部分は手巻き式アラームクロックを嵌め込んでいます。時計全体のデザインは実物を忠実に描かれていますが、下部のロゴが実際のロゴとは異なります。ブロンズ大時計は「阪急百貨店」、引き出物の楯は「Hankyu」となっています。
ブロンズ大時計置時計

ブロンズ大時計置時計

ブロンズ大時計置時計

そして、涙が出そうなくらい嬉しかったこの写真!
ルーチフェスタ阪急
ルーチフェスタ阪急

懐かしい~♪懐かしい♪
ああ、こんなクリスマスがありましたよね。このカラフルな輝き、大好きでした。でもなんでなんで、あの時写真を撮っていなかったの~!と今は後悔するばかり。私の中では当時は「ルミナリエもどきで綺麗やけどちょっと派手すぎない?」とちょっとシニカルに思っていたんですよね。ところがいざ無くなってみたら、なんと懐かしく美しい風景なことか!
毎月第三土曜日は、大オオサカまち基盤(略して大バン)の定例会。先月の大バンの際、「来月は芝川ビルの復元テラスのお披露目会なんで予定しておいてくださいねー」とちよちゃんからのお知らせ。

今年に入って芝川ビルにはある変化がありました。増築した部分を取り払い、1927年の竣工当時の姿に戻そうという復元的リノベーションをおこなっていたのでした。
【⇒参照】大阪近代建築ブログ 気付きましたか?(ま)
▼増築部がある芝川ビル。(のりみ 画)
芝川ビル画

▼そして、こちらがこの度お披露目された、復元後の芝川ビルです。
復元テラス

復元テラス

そんなわけで、4月21日(土)の夕方より大大阪サロン2007in芝川ビルが開催されました。当初の予想をはるかに超え、60人以上の方々が集まる大盛況ぶり。大バンだけではなく、大阪ええはがき研究会大阪歴史博物館酒井一光さん、そして、青山ビル、北浜レトロ、生駒ビル、江戸児玉ビルなどたくさんの近代建築のオーナーさんが集まられました。
併設展

六稜トークリレーにあわせて行なわれた併設展では、北野中学時代のデッサン2点、講演時に模造紙に描かれた作品11点が展示されました。北野高校内に所蔵されている全ての直筆作品が展示されるのは、今回が初めてのことです。模造紙にマジックで描かれたイラストはもアトムやレオ、サファイアなど主要キャラの他、アルディン(千夜一夜物語)やクレオパトラなども。
▼北野100周年記念講演(1973年10月)の際描かれたイラスト。右2点は北野中学時代のデッサン。
併設展

▼同窓会総会(1976年11月3日)で描かれたイラスト。
併設展
4月14日、北野高校で行なわれた六稜トークリレー「紙の砦:手塚治虫と通年動員~大阪石綿を共に」に参加してまいりました。

講師の金津博直さんは、北野中学3・4年が手塚治虫と同じクラス。59期の入学試験は書類選考と口頭試問のみでした。当時の校長先生は長坂五郎先生。あだ名はオットセイで温厚で自由主義の先生だったそうです。(⇒六稜WEB 歴代校長 参照)
「手塚君の美術の成績は、優良可の三段階評価の欄に秀がついていたほど絵が上手かった。美術の岡島吉郎先生(※)は大変手塚君のことをかわいがっていた。」と回想されていました。
(※岡島吉郎先生⇒六稜WEB がちゃぼいまんが道 参照)

金津博直さん

しかし、そんな北野中学にも次第に戦争の影が。黒い学生服は国防服に。ただ、正面に六稜の星がついた黒い制帽と白いゲートルだけはそのままだったそうです。手塚先生が描いたこの絵には、その制帽とゲートルが描かれています。
当時の北中生

戦況は次第に厳しくなり、昭和19年の9月より、中津の大阪石綿に勤労動員へ行くことになりました。そのエピソードを描いたのが、自伝マンガ『紙の砦』です。

食事は非常に粗末で、テーブルまでスレート製。「こんなもん喰えるかい!」と叫ぶほどひどかった豆ご飯は、ご飯の中に大豆が入っているのではなく、大豆の中にご飯が入っていたそうです(笑)。
六稜併設展準備

六稜WEB谷さんに呼ばれ、明日の六稜トークリレー併設展の準備に行ってきました。手塚関連の展示のお手伝いなんてめったに無い機会♪北野中学時代の直筆デッサン、講演時に模造紙描かれたイラスト、『紙の砦』、大阪石綿関連の資料を展示していく作業なんですが、なかなか…これだけの展示のために谷さんを中心としたスタッフがとっても苦労されているかがよ~くわかりました。朝10時から始めて結局終わったのが午後3時半(^^;)お疲れ様です。明日はたくさんの方に見ていただけると嬉しいですね~。

準備中、明日の講師の金津博直さんも来られました。8年前に一度お会いしたきりでしたが、ちゃんと憶えていてくださいました♪明日は、岡原進さんをはじめ59期生(=手塚先生の同級生)がたくさん集まられるそうで、実に楽しみです。
▼谷さん制作の展示用パネルを眺める金津博直さん
金津博直先生

六稜併設展準備

六稜併設展準備
4月7日より朝日新聞夕刊誌上で「ぷらっと沿線紀行」の連載が始まりました。その第1回が「小豆色の波、心躍る空間 阪急・梅田駅」
1面には、3分割で撮られた現在の阪急梅田駅ホーム。そして、3面には今はなき旧阪急梅田駅コンコース、阪急グランドドームの写真がカラーで掲載!終戦直後の旧コンコースの貴重な1枚も。龍・獅子・鳳凰・天馬が描かれたモザイク壁画、そして時を経て阪急グランドドームのステンドグラスを親子二代で手がけた職人さんの物語が伝わってくる、とてもいい記事でした。

ところで、阪急百貨店といえば、その建て替えにともない、いち早く姿を消してしまったものがあります。それは阪急百貨店の東側コンコースを飾っていたブロンズ大時計。

▼写真はゴリモンさん提供
ブロンズ大時計

今となっては懐かしき阪急百貨店のブロンズ大時計がデザインされた紙が祖母宅から出てきました。商品と一緒に入っていたものと思うのですが、これ、なんていうんですかね。よくとってあったものだと感激。大時計柄が阪急の包装紙に使用されたのは1972~1982年なので、これも同時期のものでしょう。
大時計

『阪急百貨店50年史』によると、、阪急百貨店のブロンズ大時計が出来たのは1972年(昭和47年)。この年、阪急梅田駅がターミナルビルから現在の位置に移転し、阪急ビルの第8期工事が完了。全長130mのコンコースが完成し、その中央部にブロンズ大時計が掲げられました。天地2.28m左右1.75m、時計の直径1.1m。ギリシャ神話からヒントを得て、鷲のくちばしから吊り下げられるというデザイン。阪急の施設部によって設計されたものだそうです。また、グランドオープン記念の引き出物として同図柄の置時計も作られたとのこと。(残ってないかな~。誰か持ってないかな~^^;)

このうめだ阪急のブロンズ大時計と同じものが河原町阪急にもあります。こちらは今も健在。
河原町阪急の大時計
除痘館

『陽だまりの樹』の舞台となった適塾。その一筋南側にある緒方ビルに、この度「除痘館跡記念資料室」がオープンしたので、行ってきました。その名のとおり、ここはかつて、緒方洪庵が天然痘を予防するためにワクチンを使って予防接種を施した「除痘館」があった場所です。そして、現在は緒方洪庵の子孫にあたる方が経営されています。以前までは、除痘館跡の碑のみがあったのですが、入口付近でも歴史を展示するスペースを設けていました。まず目についたのは『陽だまりの樹』の漫画のひとコマ。緒方洪庵が種痘をおこなっている様子を彩色しパネル化してありました。
除痘館

除痘館

除痘館

除痘館

展示のほうは4階の一室。牛痘種痘法を発見したジェンナーや、緒方洪庵の功績に関する資料が展示されています。案内の方が詳しく説明してくださったのですが、最初に緒方洪庵が、「除痘館」を開いたのはここではなく、古手町(現在の道修町4丁目・美々卯があるあたり)。そこが手狭になったために尼嵜町(現在の今橋3丁目)に移転したとのこと。
▼古手町の除痘館跡の碑
除痘館跡


また、適塾との対比でよくあげられる華岡塾の場所は現在の中之島公会堂より少し東あたりにあったそうです。

『陽だまりの樹』でも描かれているように華岡塾と適塾の学生はライバル同士だったといわれているのですが、実際はそんなことはなかった。むしろ、情報交換してお互いの知識を高めあっていた、と案内の方はおっしゃっていました。真相はいかに?案内してくださった方はその道の研究者のようで、おかげで非常にわかりやすかったです。

適塾VS華岡塾といえば、大阪歴史博物館でこんな講演があるとか。

「適塾生と華岡塾生 -ライバル医学塾の書生たち-」
大阪歴史博物館学芸員 井上智勝氏
平成19年4月21日(土)
午後1時30分~午後3時


そして、特別展「脳!―内なる不思議の世界へ―」の特設コーナーで
大阪の医学史―合水堂と適々斎塾―
という展示コーナーもあるそうです。

『陽だまりの樹』ファンとしてはちょっと気になる?
京都府庁旧本館

京都府庁旧本館が一般公開されているとニュースで聞き、早速行ってきました。明治37年竣工の重要文化財。昭和46年まで使用されていた旧知事室や、調度品、旧貴賓応接室などが特別公開されています。中庭では桜が満開でした。4月8日(日)まで公開。8日にはコンサートなども開かれるそうですよ。
京都府庁旧本館

京都府庁旧本館
手塚先生の母校・北野高校で行なわれている六稜トークリレー。4月のアトムの誕生日にあわせて毎年開催されている手塚イベントも今年で4回目となります。林久男さん岡原進さん岩倉哲也さんに続き、今回は同級生・金津博直さんの講演です。手塚ファンの皆様、是非ご参加を。

「紙の砦」のパネル展示の他、直筆デッサン2点、北野での講演で手塚先生が模造紙に即興で描かれたイラストなども展示される予定です。

六稜トークリレー「紙の砦:手塚治虫と通年動員~大阪石綿を共に」
■日時:2007年4月14日(土) 13:30開場 14:00開演
■会場:北野高校六稜会館(阪急十三駅下車)
■会費:500円
■申込:六稜WEB


1944年9月から終戦までの間、手塚先生は中津にあった大阪石綿に勤労動員されていました。当時、北野中学4年生でしたが戦争中だったため2学期3学期は、ほとんど授業が行われていない状態だったといいます。その中津でのエピソードを描いたのが『紙の砦』と『どついたれ』です。食べるものといえば粗末な豆入りご飯。仕事の合間をぬってトイレに四コマ漫画を張っていた、などというエピソードも残っています。 金津博直さんは、その大阪石綿での勤労動員を共にされた方です。
六稜トークリレー

▲クリックで拡大します。リンク先は六稜WEB内。

今回のポスターはその大阪石綿でのひとコマを手塚先生が描いたもの。カビの生えている豆ご飯を前に「ナンヤ コンナモン クヘルカイ!!」と。この絵のポイントは、右上の中学時代の手塚先生のサイン。(拡大してみてください)Tezukaに昆虫とペンがデザインされているのわかりますか?実にめずらしいサインですね。

8年も前になりますが、とある手塚ファンクラブ会員の方に連れて行っていただき、金津博直さんのご自宅を訪ねたことがあります。1999年の夏でした。 すごく古いんですが、その時のレポートが出てきました。 手塚ファンマガジンvol.126(1999年12月発行)に掲載されたものです。
金津博直さんレポート


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六稜トークリレー「手塚治虫は六陵人!?無視できない手塚治虫史のウソ」に参加して
六稜トークリレー併設展
メモリアル・ウォール(弾痕の壁)
北野高校・メモリアルウォールの風景印
北野高校昭和校舎の記念タイル
騙されっぱなしだ~♪

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