本日8月29日(日)の朝日新聞34面に、トキワ荘の天井板に描かれた手塚先生のサインの話が出ています。
昨年、江戸東京博物館で開催された「手塚治虫展」で展示されたものですね。
トキワ荘の2階14号室の天井板をはがしたもので、縦90cm×横30cm。
リボンの騎士と手塚先生の自画像が描かれたこの天井板、現在は東京都豊島区、警視庁池袋警察署7階の「5方記者クラブ」に保存されているそうです。
スポンサーサイト
のりみです。
本日27日のの各社新聞(朝刊)要チェックですよ~☆
大手5紙の内、朝日、毎日、日経、産経には手塚治虫バージョンが掲載されていました。

あと、未確認ですがスポーツ紙や地方新聞などにも掲載されているようです。
手塚治虫公式サイトで広告画像が見られます。




紙の価値発見の広告に「燈台鬼」のネームが使用されています。
http://tezukaosamu.net/jp/news/n_519.html

本日8月27日発行の日本新聞協会の加盟新聞全紙(103紙)に、
紙の価値を再発見してもらう広告「紙があって、よかった。」が掲載されています。
この広告は、紙が持つ普遍的価値を感じてもらうことを目的とした特別企画で、
手治虫直筆の漫画の下書きが採用されています。

この広告に使用された『燈台鬼』のネーム(下書き)は、手治虫が100ページほど描きましたが、
結局作品として世に出ることはなく、その後発表された「ゴブリン公爵」の原形となった幻のネームと言えます。
この燈台鬼は、紙に書かれたネームが残っていたため、
現在その構想があったことをうかがうことができます。




日本新聞協会:広告、103紙同時掲載
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100827ddm012040148000c.html

 日本新聞協会の加盟新聞103紙は27日、特別企画として、紙の価値を再発見してもらう広告「紙があって、よかった。」を北海道から沖縄県まで一斉掲載した。加盟社が同一日に同じ広告を一斉掲載するのは、3月29日朝刊の「住宅エコポイント」などを伝える広告に次いで2回目。

 今回は、漫画家の手塚治虫さんの未発表作品の下描きと、野口英世博士の母シカさんの手紙を紹介。下描きは、手塚さんが思いついたことを即座に紙に描きつけたという。手紙は、渡米中の野口博士に会いたい一心で、シカさんが子供のころに学んだ文字を思い出しながら「早く来てくだされ。一生の頼みです」と訴えたもの。新聞協会は「紙だから伝えられる人の思いがある。想像力をすぐに形にできる紙特有の価値を再認識してほしい」と話した。




全国103紙、2種類の広告一斉掲載
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100827-OYT1T00379.htm

 日本新聞協会に加盟する読売新聞など全国の103紙は27日、「紙があって、よかった。」をタイトルにした2種類の広告(本紙では7、9面)を一斉に掲載した。

 今年3月29日には加盟紙のうち78紙が同じ広告を同時掲載したが、今回は初めて加盟全紙による一斉掲載となった。

 新聞協会が進める「日本を元気にする」キャンペーンの一つで、新聞の魅力や新聞広告のパワーをアピールするのが狙い。製紙会社5社が広告主となった。

 このうち「鉄腕アトム」で知られる漫画家・手塚治虫(1928~89年)を取り上げた広告では、手塚が1973年頃に鉛筆で描いた漫画の下書き(ネーム)を紹介。古代中国の鬼「燈台鬼(とうだいき)」の影が道行く少年の背後に迫る場面で、これが、燈台鬼が現代に復活する漫画「ゴブリン公爵」のアイデアにつながった。




↓ニュース動画が見れます。

http://news24.jp/articles/2010/08/27/07165543.html

他、ニュース検索のリンク貼っておきます。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=88&id=1322136

http://www.asahi.com/national/update/0826/TKY201008260515.html

http://www.sanspo.com/shakai/news/100827/sha1008270500002-n1.htm

http://www.sankeibiz.jp/business/news/100827/bsd1008270502004-n1.htm

http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010082601000828.html
琥珀色の時間

阪急電鉄開業100周年記念ええはがきコンテストに応募した旧梅田駅コンコースの絵(過去記事参照)が努力賞に入賞しました。
8月1日~9月2日まで梅田駅のコンコース(紀伊国屋前)で展示中です。
また、
お時間のある時にぜひご覧いただけると嬉しいです。

また、阪急ええはがきコンテストのHPの大阪市・豊中市のページにも掲載していただいております。

阪急ええはがきコンテスト1

阪急ええはがきコンテスト2

阪急ええはがきコンテスト3

阪急ええはがきコンテスト4

ちなみに豊中市には、今年の2月に「手塚治虫没後21年トーク&コンサート」を行った延命湯のエントツが…。
なんとゲスト出演していただいた安斎レオさんの写真ではありませんか!
嬉しいなぁ。

阪急ええはがきコンテスト5

手塚治虫ゆかりの地としては「スリル博士」の舞台になったカトリック豊中教会のイラストもありました。

阪急ええはがきコンテスト6

阪急ええはがきコンテスト7

宝塚市には手塚治虫記念館の火の鳥モニュメントの写真もありますねー。

阪急ええはがきコンテスト8
松谷孝征社長やフレデリック・ショット氏も登壇するそうです。
面白そう~。




手塚作品からマンガと環境読み解く講演、里中満智子も登壇
http://natalie.mu/comic/news/36154 

里中満智子が、日本ペンクラブ「子どもの本」委員会が9月26日に早稲田大学で行うフォーラム「マンガとアニメは環境をどう描いてきたか?」に登壇する。

このフォーラムでは日本のマンガ・アニメの先駆者である手塚治虫が、自身の作品を通して環境をどのように表現してきたかを検証。手塚の短編アニメ「森の伝説」を上映したり環境をテーマにしたマンガを紹介したりしつつ、手塚が次世代に伝えたかったメッセージを読み解く。

里中のほか日本のマンガを数多く海外に送り届けてきた翻訳家のフレデリック・L・ショット、手塚プロダクション代表取締役社長の松谷孝征が登壇。司会はアニメ「ブラック・ジャック」の脚本を書いた経験も持つ作家の森絵都が務める。参加の事前登録は、インターネットおよびFAXにて受け付け中だ。

「マンガとアニメは環境をどう描いてきたか? ──現代マンガのパイオニア・手塚治虫の作品から」

日時:2010年9月26日(日)10:00~12:00会場:早稲田大学 小野梓記念講堂
九州旅行2日目。夫のミクシィ日記より転載です。




我ながら、なんちゅうくだらない日記タイトルであろうか。毛利なんて地名ちゃうやないか。人名やがな。

門司港ホテルからの景色

というわけで、眩しい朝の光と汽笛の音に起こされ(嘘。ホンマはモーニングコールの金属音で起こされた)、あたふたと着替えると、ロビー階のレストランへ降りてバイキングの朝食を戴いた。


毎度の事だけど、日頃は味噌汁&白御飯&納豆&ヨーグルト&麦茶なのに、旅先・出張先だとモリモリ食べてしまう。
特にバイキングだと、食べなきゃ勿体ねえという意識が先に立つ。いじきたねえな。地獄の餓鬼か、浦メは。

食後、みんなして旧三井倶楽部を見学。

旧門司三井倶楽部1

旧門司三井倶楽部8

旧門司三井倶楽部2

旧門司三井倶楽部3

旧門司三井倶楽部4

ここは、かのアインシュタイン博士夫妻が来日の際に宿泊したそうだ。

旧門司三井倶楽部6

旧門司三井倶楽部7

旧門司三井倶楽部9

館内の説明書きには省略して「ア博士」とあった。「鬼の長谷川平蔵」を「鬼平」、「浜田幸一」を「浜幸」、「モダンボーイ」を「モボ」と略称で呼ぶけれど、「ア博士」はねえだろう。
それだったら「あがた森魚氏」も「あ氏」となるがな。
などとツッコミつつ、その後は解散自由行動とす。

門司港駅1


浦メは、昨晩「門司港レトロガイドマップ」でチェックしていた栄町銀天街&その先の清滝という地区をブラブラと散策した。
地方の商店街やら市場通り、新旧入り混じった家々がひしめき合う居住区を歩きまわるのは大好きだ。別段、大した店がなくても、その全体が醸し出す雰囲気に懐かしく酔い痴れるのだ。
実際、清滝地区の路地は、メロンの外皮の如く複雑で、袋小路の連続でさんざん迷い、また迷う事にワクワクさせてもらったぜ。

そこから、浦メが住んでいる下町みたいな中央市場(これが中央という割にバイク1台が通れるのがやっとというぐらいに幅員も狭く、ちっぽけなんだ。だけどそこがイイのだ)を歩き、大正10年建築の旧岩田酒店を拝み、真正面を向いたフグの顔をモチーフにしたユーモラスな関門トンネル出入り口を眺め、グイーーーンと港まで戻って門司海峡ミュージアムを見学した。
所要時間2時間。結構なウォーキングで体脂肪も燃焼したであろうと思うのだが、それよりもなによりも暑いのなんの。
義弟が貸してくれたキャップをかぶってなかったら熱中症だったかもな。

それにしても、途中どこぞの店のショーウィンドーで、つらつらテメエの全身を眺めるに、髭面に白いキャップをかぶった四十路手前オトコが嫁の貸してくれた小型筒状の保冷バッグ(花柄!)をぶら下げてフラフラ彷徨ってる姿は、純度100%添加物無しの変質者だぜ。

正午にガス灯通りに集合。
夕べ食った「海門」の近くにある回転寿司屋「鶴亀」でランチ。
ここは待たされる事なく、サクサクと食えた・・・って当たり前やがな、回転寿司なんだぜ。
いや、そんな事ぁどうでもいいんだ。嬉しかったのは、近海で獲れた海の幸をネタにしたやつが続々出てきた事である。
赤むつ(のどくろ)、ほうぼう、ひらまさ、海士で捕れた鱧、馬関海峡の地蛸なんぞを爆食した。
メニューには「本生ふく」なんてあったから、「エェッ、こんな季節に!?いやいや夏河豚ってのがあるそうだからひょっとして」と期待してオーダーしたが、さすがに今日はなかった。でも、満足満足。
勿論、熱中症予防のため必要に迫られて生中をグビッとやったのは言うまでもない。

嫁さんは門司港~門司~唐戸と、近代レトロ建築探訪のビータ(旅)に出るっちゅうんで、我等は船で巌流島へと渡った。
言わずと知れた、武蔵と小次郎の決闘の地だ。しかし、事前にパンフレットを見て分かってはいたけど、なんもないタダの島だった。
一応モニュメントと、対峙する武蔵&小次郎のブロンズ像はあった。公衆便所もあった。だけどそれだけ。陽避けの休憩所はあるにはあったが、売店もなく自販機もなかった。
1973年までは人も住んでいたそうだが、今は完全なる無人島。けれどせめて自販機ぐらいは置いて欲しかったな。

武蔵&小次郎ブロンズ像の真下の小さな浜辺には、武蔵が乗って来た小舟を復元したブツが「展示」されていた・・・だが、なんの説明書きもなかった。
あれでは単に、「どこぞの漁業組合の古いボートが放逐されて朽ち果てただけ」にしか見えんぜ。実際、この「復元展示物」の船底にはペットボトルがゴロゴロ転がっていたからな。
浦メは思わず「八月の濡れた砂」を口ずさんで涙した。

巌流島にアデューして門司港に戻り、そこからCARを走らせ長府毛利邸へ。
途中、関門橋をくぐり、右手に壇ノ浦を眺めて諸行無常を噛み締めた。それにしてもだ。
馬関海峡・壇ノ浦だからって、義経八艘飛びのブロンズと大筒のブロンズが並んでる様はちょっと前衛的過ぎるぜ。

長府毛利邸は、さすが毛利の殿様宅だけあって豪壮かつ広い広い。
明治天皇が宿泊した部屋なんてのもあって、浦メはそこでゴロンと寝っ転がりたい衝動に駆られた。天皇が泊まるぐらいだから、どんだけ寝心地がいいんだろうとね。
世が世なら「不経済」違った、「不敬罪」だな。

その近所には曹洞宗功山寺があり、史学科出身・近世ゼミ出身の我等としては、詣でたのは当然。 かの高杉晋作挙兵の地だからね。
境内には凛々しい若武者姿の高杉像が。なかなか格好良し。
「龍馬伝」で高杉演ってる伊勢谷クンは福山よりイイよね、と盛り上がった。

高杉像も良かったけど、本堂入口におわした韋駄天像も、穏やかな地蔵様みたいなお顔で、これも拝めて良かったわい。
MJみうらじゅん氏には遥か及ばないが仏像フェチな浦メは、こういう珍しい仏様を拝むのは嬉しい限りなり。

そうこうしてるうちにアッという間に時は過ぎ、唐戸まで嫁さんを迎えに戻り、新下関でCARを返却して、一路新大阪まで戻ったのであった。
嫁は近代レトロ建築、我等は歴史探訪と、目的は全然違ったが、お互い十分満足。

なんだかんだで門司港名物「焼きカレー」を食わなかったな、そういえば。
九州の小倉・門司に旅行に行ってきました。
夫のミクシィ日記より転載します。




大学時代の悪党朋輩&嫁さんとで、九州は小倉まで行ってきた。今度は仕事ではなく、物見遊山である。
新大阪の弁当屋で「むかしながらのおむすび」を買って新幹線車中で頬張る。美味い。早朝から新幹線に乗る時は、飯は「むかしながら~」に限る。

浦メは、社員旅行や出張で九州には何度か上陸した事があるが、小倉は今回が初めてだ。

先ずは小倉城へ。
さすがは九州、暑いぜ。ま、昨今は九州に限らず日本中どこでも暑いか。


小倉城1

小倉城2

城といえば、大概が「遥か天守の高みより、栄華の巷低く見て」なんだけど、小倉は都会で意外にも(失礼)高層ビルが林立し、なんと天守閣よりビルの方が高かったりしてるのであった。
これは初代城主・細川忠興公もかなわんだろうて。

この絵面は、どっかで見た事があるな。 ああ、平成版ゴジラだ。あれも、ゴジラより大東京のビル群の方が高かったっけ。

小倉城砲台

続いて松本清張記念館へ。
清張は小倉の出であった。記念館があるのも至極当然である。
それにしてもデカイ箱モノだ。嫁さんが、それに比べて手塚記念館は・・・と溜め息をついていた。
その嫁は上映シアターで「日本の黒い霧」に夢中。
浦メは再現された清張の書斎&2階建のド迫力書庫に圧倒された。我が家も本は多い方だと思うが、清張の書庫には遠く及ばねえ。そもそも比較する方が間違ってるか、ハハハ。

そうこうする内に腹がグウと鳴りだしたんで、駅前ショッピングビル地階の「むらさき」で博多ラーメンを啜った。当然暑いんで、熱中症予防に「泡の出るよく冷えた大人のジュース」を飲み干してやった。やっぱり水分補給は大事だ。

近所に森鴎外旧宅があるというので、渡辺篤史よろしくお宅拝見と洒落込んだ。
質素な、本当に「むかしの家」という趣であった。周りがビルやら民家ばかりにしては風通しが良く、頗る爽快なり。

森鴎外旧居1

森鴎外旧居2

森鴎外旧居12

森鴎外旧居9

森鴎外旧居11

森鴎外旧居3

森鴎外旧居5

森鴎外旧居6

鴎外の全身写真を等身大に引き伸ばしてそれをヒト型にトリミング・切り取ったボードがあった。身長161cm。浦メよりも低いので意外。背の高いイメージがあったんだが。
解説によると、当時の平均が155cmだから鴎外はまだ背の高い部類だった由。
本当に昔の日本人は概して背が低かったのだな。
当時の人々から見たら、村上弘明や阿部寛なんか妖怪入道だろうし、G馬場に至ってはダイダラボッチと同格だろうな。

森鴎外旧居7

森鴎外旧居8

森鴎外旧居10

そこから嫁さんは門司港まで、三度の飯と同等に大好きな近代レトロ建築を激写しに別動す。

旧大阪商船

旧門司税関

国際友好記念図書館

我等は中津まで足を伸ばし、福澤諭吉旧宅を拝見しに行った。
しかしさすがは北九州哉。道中目にしたのは殆どがラーメン屋だ。
たまにうどん屋があるぐらいで、単体の蕎麦屋なんざお目にかからなかったぜ。
香川のうどん屋をラーメン屋に入れ替えた感あり。

さて到着。同じ旧宅でも、鴎外と比べて福澤翁の方は、一個の記念館の如し。壱萬圓札として人口に膾炙しているか否かの差であろうか。関係ねえか。
諭吉少年が勉強した小さな土蔵も残っていて、中に入ると階段がある。だから何気に登ってみると、薄暗い2階に諭吉少年のマネキンが黙って書見してやがった。
一瞬ドキッとしたじゃねえか、驚かすない。
いきなりこっちの方を振り向いてカンラカンラと哄笑したりしねえだろうな。
遥か中津の地で白昼からチャイルドプレイはご免だぜ。

入場者にお土産として、日本全国に出回っている「諭吉の長方形横型両面刷りブロマイド」をプレゼントしくれるかと思ったが、それはなかった。 アホ!

諭吉にアデューして、極々近所の中津城へ。
ここは黒田如水が初代城主。大河ドラマ「秀吉」では、伊武雅刀が演ってたな。「国盗り物語」では確か江守徹だった。
大した事なかろうと思いきや、意外や意外、ちゃんとした立派な天守閣だ。しかも周りに高層ビルなんてシャレた物件はないから、その眺めは格別。
小倉城よりもこっちの方が良かったぐらいだ。

夕方、門司港へ到着。嫁さんと合流してチェックイン。

門司港駅

関門海峡に面した門司港ホテルはなかなかに広い室内で快適なり。

門司港ホテル

「横浜をグッと縮めたような」という嫁さんの表現の通り、水辺であり、近代レトロ建築が点在し、ライトアップされ、こりゃ嫁さんがスキップしながら別動するわけだ。

ガス灯通り

門司港ホテル1

バナナマン

門司港黄昏時


先ずはメシだ、というわけで、事前にネットでチェックしておいた海鮮居酒屋「海門」の暖簾をくぐった。
中は満員大盛況。しかるに大入りと反比例して店のスタッフが少なく、一発目「とりあえずビール」を発注してからテーブルに届けられるまで随分と時間がかかった。当然、料理の方もなかなか来やがらねえ。
店の奴め、油断してやがったな。「ハナキン」って言葉を知らねえな。
味はまずまず良かったのだが、遅かった事だけが残念至極であった。

門司港地ビール


かくして、小倉~門司の暑い一日は、晩飯を除いてあとは恙無く過ぎゆかぬ。
最上階のBARに行こうかとも思ったが、疲れちまって寝てしまった。

門司港夜景
手塚治虫記念館(外)

手塚治虫記念館エントランス

24日に手塚治虫記念館に行ってきました。

ジャングル大帝展ポスター

企画展は「ジャングル大帝―レオの人生―」。「レオの人生」って…人とちゃうやん!

ジャングル大帝展

まず、白いライオン誕生秘話を具体的に説明する仕掛けがありました。
手塚先生が黄色い裸電球の下で描いたため、黄色の絵の具を塗ったつもりが白かったというエピソード。これを説明するために、黄色の電球の下に「ジャングル大帝」のカラー画が置かれ、ボタンを押すと白い電球がつくという仕掛け。

ガラスの地球の下には蝶の群れ。これがなかなか綺麗でした。

ジャングル大帝展ガラスの地球

その下では97年の劇場版「ジャングル大帝」が上映されていました。懐かしいなぁ。あれは大学一年生の頃。自分の手塚ワールドに対するモチベーションが一番高かった頃ですよ。

このタペストリーは劇場版「ジャングル大帝」の時に発売されたもので、真ん中の赤いやつ、うちにありますよ~。
右端のレオとジャックの絵のやつは当時ランチョンマットを買いました。

ジャングル大帝タペストリー

あとは普通に「ジャングル大帝」の生原稿とパネルでストーリーを説明するというごくストレートな展示。
おっと思ったのは『手塚治虫昆虫鑑』(手塚治虫+小林準治)より「ジャングル大帝に登場する昆虫」を紹介していたこと。切り口が面白い。

最後に2009年版の「ジャングル大帝-勇気が未来をかえる-」のパネルと絵の展示があったけど…。正直この作品は「とりあえず手塚治虫のジャングル大帝じゃない、終わり。」って感じだからなあ…(^^;)
ちょっと気になったのは、65年テレビアニメ版「ジャングル大帝」(日本初のカラーテレビアニメーション)と89年テレビアニメ版「ジャングル大帝」(手塚先生の遺作)の紹介がほぼゼロだったこと。スペース的に無理だったのかなあ…。手塚先生が一切関わっていない2作の手塚プロのアニメを紹介するなら65年版と89年版もちょっとくらいパネル展示して欲しかった。

で、展示は無難にまとめているといった感じでしたが…
それよりも私のポイントが高かったのはミュージアムショップで販売されていたグッズです!
手塚公式サイトに書いてあるとおり、今回ショップがリニューアルされ「手塚治虫の道具」が展示販売されていました。
「THE STUDY ROOM」 とのコラボらしく
http://tezukaosamu.net/jp/news/n_466.html
ベレー帽、開明墨汁、ペン軸、ペン先、赤鉛筆、水色鉛筆、漫画道具セットなどが並んでいました。ただそれらのものは手塚治虫記念館のシールが貼ってあるだけで…赤鉛筆なんてホントにただの赤鉛筆やんか、と突っ込んでしまいました。あと特に手塚治虫と何の関係もない「THE STUDY ROOM」の商品を売っているのもどうなんかなあ…と。 もうちょっと…なんか手塚グッズっぽいとこ出して欲しかったけどなあ…。と言いながら「開明墨汁」はネタとして買ってしまいました(^^;)

開明墨汁

個人的に手塚心のツボにハマったのが「ガラスの地球のビー玉」
http://tezukaosamu.net/jp/news/n_467.html
実際の地球の約5.8億分の1のサイズの“ガラスの地球”
だそうです。

ガラスの地球ビー玉1

そして、今回一番ウケたのが「レオの耳」!西部ライオンズの応援グッズだそうです。

レオの耳

記念館のジャングルカフェの店員さんは、この「レオの耳」を付けて接客されていました(笑)。
これが意外と違和感なく「ジャングル大帝」の背景にマッチしてたりしました。

検索したら「レオの耳」案の定アマゾンとかライオンズのショップで売ってるよ~。
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%89%E8%8B%B1%E8%B2%BF%E6%98%93-2010-%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%81%AE%E8%80%B3/dp/B003CF9UO2
http://tokimekimall.jp/NASApp/prd_detail/0/1/70100210359/000001700009/
http://www.seibulions.jp/shopping/sundries.php

もうひとつ「レオマスク」も売ってたけどさすがにこちらはちょっとかぶる勇気がないなあ(笑)。

レオマスク

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%82%AC%E3%83%AF%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA-%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%AF/dp/B0029QLSA4
http://tokimekimall.jp/NASApp/prd_detail/0/1/70090210183/000001700009/


とりあえず「レオの耳」は手塚ファン大会に付けて行こう!(笑)