わらび座 ブッダ 1

わらび座 ブッダ 2

漸くお休みできたので、嫁さんと京橋まで、劇団わらび座のミュージカル「ブッダ」を観劇した。
ブッダとくれば、ガキの頃からブッダ好きの浦メとしては行かずばなるめえ。
場内はほぼ満席。凄いなぁ。

舞台では、インド女性に扮した女優さんたちがインド音楽をBGMに、一生懸命拭き掃除をしてはった。
やがて開演のブザーが鳴るも、インド女性たちの拭き掃除は一向に終わらない。
随分長い事拭くのぉ。まさかこのまま掃除して終わりじゃあるめえな?

実際にはそんな事なく(アタリマエだわな)、主人公シッダールタ(ブッダ)やパンクロック歌手風のタッタ、ミゲーラ、嫁はんのヤショダラといった主要登場人物が次々登場。ミュージカルならではの、よく通る声量で台詞を歌い踊る。

なんだかアッという間に時間が過ぎ去り、シッダールタの四門出遊を経て出家、苦行林から街での遊行とサクサク物語は進行していって瞬く間に休憩。
早いなぁ。
早い、という事は、それだけ物語に惹きこまれている、つまり面白いってぇ事だ。

後半では、巨人ヤタラも登場。
最初は兵士たちが舞台の袖の方を見て「なんて化け物だ」なんて狼狽していて、これはヤタラ本人は登場させず、周りの人物のリアクションのみで想像させる演出かと思いきや、実際に登場しよった。

巨人の着ぐるみを着込んだ俳優に場内はどよめく。
浦メも思わずジャンボマックスかよ、と思ったぜ。いや、あの獣みたいな姿はウルトラセブンの宇宙竜ナースを操るワイルド星人だ。
勿論演技だが、その朴訥とした喋り方と相俟って、強烈な個性のキャラになっとるがな。

全体としては、原作をバッサバッサと刈り込みつつも、手塚モノをアニメ映画にした時と違って、割合よくまとまっていたと思う。
ただ、アヒンサーのエピソードや、ヤタラとルリ王子のオカンとのエピソードなどを色々と盛り込みすぎたキライがあったようにも感じた。

そして大ラスの悟りシーン。
原作では、失意に打ちひしがれたヤタラとの会話を通じて、シッダールタが悟りを開きブッダになるという、非常に重要かつ感動的なシーンなのだが、舞台では、静かに禅を組み続けるシッダールタの周りで様々なキャラたちが苦しみを吐露しながらのた打ちまくり、そののたうちが収まったのを受けて、シッダールタが「すべてを受け入れる」と両手を高く掲げて宣言。
ここに晴れてシッダールタはブッダとなり、感動のフィナーレと相成った。

成る程な。そうくるか。
これはこれで感動的ではあったが、浦メとしては、そこは原作の通りにヤタラとの対話に多くを割いてもらいたかったぜ。パンクロック風タッタがかすんじまうぐらい、ヤタラのキャラが立ってただけによ。

で、終演後はスタンディングオベーションの嵐。これも演劇鑑賞の醍醐味よな。
やっぱいいよね、ライブはよ♪


わらび座 ブッダ 3

興奮冷めやらぬままに席を後にし、入口付近の花を眺める。
殆どが「今井清隆さん江」となっていた。今井清隆といえば、舞台でパセーナデー王とヤタラの二役をやってた俳優さんだ。確かに、堂々たる体躯に鵜風堂々の声量。存在感ある俳優だったな。

(夫の日記より転載)
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3月16日、大阪市立科学館で、電気科学館開館75周年記念特別企画 スペシャルナイト「"わが町"の天象儀(プラネタリウム)」が開催されました。かつて電気科学館で活躍し、大阪市登録有形文化財として展示保存されているカール・ツァイスⅡ型プラネタリウムに灯をともし、一夜かぎりの復活に挑むというもの。

ツァイスⅡ型プラネタリウム

コンピューター制御で銀河まで再現できる今のプラネタリウムとは違い、穴の開いたレンズのフィルターに光を通して光の点で星だけを現す仕組みになっています。学芸員の嘉数次人さんによる解説で星空が科学館の天井に映し出されると、まわりからは歓声が。今のプラネタリウムとは全然違うものの、ロマンティックなぼんやりした光のシャワーに酔いしれました。

天象館案内(表)

天象館案内(裏)

電気科学館の天象館案内
(昭和15年頃の見学者配布用リーフレット)

事前に発売されたチケットは完売。科学館ロビーでは一日限りの特別販売で、ツァイスⅡ型プラネタリウムのデザインがあしらわれた科学館オリジナルのネクタイピンが販売されていました。

わが町の天象儀チケット

ネクタイピン


このイベントにあわせて、長年プラネタリウムに携わられた大阪市立科学館館長・加藤賢一さんの講演と、ラストシーンに電気科学館のプラネタリウムが登場する川島雄三監督の「わが町」の特別上映が行われました。

電気科学館パネル

手塚治虫講演パネル

1937年、四ツ橋に大阪市立電気科学館が開館。その目玉となったのが日本初のカール・ツァイスⅡ型プラネタリウムです。少年時代、電気科学館に何度も通い詰めた手塚先生は、のちに同機を『漫画天文学』の中で描いています。また、プラネラリウムを真似て石鹸箱に穴を開けた自家製プラネタリウムを作り、自宅の押入れで友人達に披露したというエピソードも残っています。

手塚先生は、電気科学館の会報誌「月刊うちゅう」にこれらのエピソードを綴ったエッセイ『懐かしのプラネタリウム』を発表。そして1987年4月4日、電気科学館50周年を機に講演を行いました。これらは、その際に描かれたサインです。加藤さんの傍らで手塚先生は数十秒でアトムをサラサラと描かれたそうです。

アトム、ヒゲオヤジサイン 科学館所有

漫画天文学1

その2年後の1989年5月に電気科学館は閉館し、その事業は中之島の大阪市立科学館に引き継がれました。手塚先生が亡くなられたのは同年2月9日。電気科学館の歴史はまさに手塚先生の人生とともにあったように思います。
辻真先氏

4月21日、手塚治虫記念館まで嫁さんとトークショーを聴きに行った。トークの主役は辻真先氏。有名なアニメ・特撮の脚本家にして推理作家だ。

ご本人は御年81。ご高齢にも関わらずカクシャクとされており、非常にしっかりお話しされていた。アトム、リボンの騎士、ジャングル大帝を筆頭に、一休さん、宇宙少年ソラン、海のトリトン、おんぶオバケ、さるとびエッちゃん、ジェッタ―マルス、スーパージェッタ―、空飛ぶゆうれい船、魔女っ子メグちゃん、ミクロイドS、勇者ライディーン、5年3組魔法組、宇宙猿人ゴリ、バンパイヤ、バトルホーク・・・などなど、浦メが見知っている、あるいはガキの時分に夢中にさせられた、思い出すだけで遠い目にさせられる諸作品に、悉く辻氏が脚本で関わられたのだ。

その御本人が今、目の前にいる、というのは非常に不思議な気持ちがした。なんというか、歴史上の人物が目の前に現れて話しされているような。だが、氏が歴史上の人物などでは決してないのは、今なお現役で「名探偵コナン」の脚本を書かれたり、あるいは今でも深夜放送のビテレアニメをチェックされたり、マンガ誌を毎週欠かさず読んでおられるという驚愕の事実。

「この御老体は実にお若い!」と心底恐れ入ったね。なんちゅう飽くなき好奇心!で、記念館でのトークイベントやから、話は当然手塚先生との出会いや仕事を共にされた時のエピソード、そして今、企画展で「日本SF作家クラブ」をやっている関係もあって、手塚原作で辻氏が脚本にタッチされた本格SFモノ「ふしぎな少年」(NHK)の逸話に及んでいった。

日本SF作家クラブと手塚治虫

私は、「ピロンの秘密」「ごめんねママ」もそうやけど、もはや再放送で観る事は絶望的な、大昔の手塚実写ドラマに非常に興味がある。だから、スタッフとして直接関わられた人から、当時生放送であるがゆえに特撮技術が使えず、時間が止まるシーンで動きを止め続けている俳優たちの足や手がだんだんだんだん微妙に震えてきだす、といったエピソードを聴くのは実に楽しかった。あるいは、化石の卵が落下するのを主人公サブタンが時間を止めてストップさせるシーンでは、卵が宙に浮かんでいるように見せる特撮はこれまた生放送ゆえ無理なので、卵の写真をカメラで大写しさせて、いかにも中空に止まっているように見せた、なんていう苦労話も聞く事ができた。

とにかく、日本アニメの草創期から関わってきた人だけあって、話が尽きない。例えば手塚先生は本当に絵コンテを描くのが異常に早かったそうだ。喫茶店なんかで打ち合わせをしている間にビャビャビャーッと描きあげはったという。次々と話が出てきそうなもんだが、そういう時に限って、時間はアッという間に過ぎ去っていく。

最後に、辻さんの印象的なお言葉を。
「わたしは今でも、心の底から“先生”と呼べるのは手塚先生だけですね」
グッと・・・キターーーーー!!!

(夫の日記より転載)
虫マップ 手塚治虫ゆかりの地を訪ねて

「虫マップ ―手塚治虫ゆかりの地を訪ねて―」をリニューアルしました。

●活動記録
●虫マップ
●手塚治虫ゆかりの地関連レポート
●メディア紹介記事
●主な参考資料・文献

と5つのコンテンツに分けたので、これで読み易くなったかと思います。

最新情報としては、2013年10月19日(土)に、e- よこソーシャルカレッジで中之島・北船場界隈の手塚治虫ゆかりの地ツアーを行います。詳細は後日掲載予定。

「活動記録」をかなり更新しました。
手塚治虫ゆかりの地に関連したイベント、手塚治虫ゆかりの地ツアー、講演会などの活動記録です。
今後の活動情報も掲載していきます。

今まで開催した手塚イベントのYouTube動画も観れますので、ぜひご覧ください。
「鉄腕アトム」の大合唱動画はオススメ☆

旧聞になりますが、1年前に行った講演の記録です。
第24回 千里コラボ大学校を開催致しました。
2013.05.04 ソラード
万博記念公園の設計をされた、造園家の吉村元男さんがわが家に来られました。
私の京都精華大学での卒業制作の日本画「ソラード」を見に来られるためです。
絵のサイズが大きく、十数年前の学生時代に描いたもので、最近は自宅から出す機会もないので、「見に行きたい」と言って下さるのは本当に嬉しいことです。

「万博公園のソラードのタワーから描かれた群青色のソラードの絵を、パソコンで発見して、強烈な衝撃を受けました。絵の素晴らしさもさることながら、その絵が、わたしが設計した万博記念公園自然文化園とソラードで描かれていたからです。このアングルはわたしのもっとも好きなアングルです。」

との嬉しいお言葉をいただきました。

万博記念公園内にある森の空中観察路・ソラードは、2000年に吉村さんが提案・設計されたそうで、ご自身の著書の表紙にもなっています。




吉村元男さんとソラード

吉村元男さんと日本画「ソラード」の前で記念撮影。

ソラードの前で 田浦誠治・紀子

私ども夫婦も撮っていただきました。自宅で夫婦の写真を撮ったのははじめてです。

ソラード 卒業制作

『ソラード』  
日本画 100号F(130.3×162.3cm)
2001年1月18日完成

日本画の卒業制作スケッチ期間を含め約5ヶ月かけて描いた作品です。2年の終わりから風景画はずっと万博でスケッチしてきて(家から近いからということもあって)卒業制作もやっぱり万博公園になりました。万博シリーズ完結編ってとこでしょうか(笑)。

この風景は万博公園の自然文化園の中に2000年に作られた“森の空中観察路・ソラード”を展望台の上から見て描いた風景です。サワサワと覆い茂る樹々の間にのびる一本の道…。日本画絵の具の青の美しさを表現したくて、群青色で全体をまとめてみました。

遠くに太陽の塔もしっかり描き込んであります。太陽の塔に関しては描くべきか描かないほうがよいのかすごく迷って、何度も描いたり消したりを繰り返しました。

余談ですが、日本画絵の具の青ってすごく値段が高いんですよ(^^;)1両(15g)で750円くらいもします。この絵のためにいくら使ったか…計算するのが恐ろしいです!(笑)でも最後くらい贅沢な絵を描きたくて、ふんんだんに青を使っちゃいました。日本画の群青って本当に綺麗な色あいなんですよ。(^^)

ソラード(拡大1)

ソラード(拡大2)


ソラード


ソラード

宝塚市展で市展賞をいただいた時の写真を庫出しします。


【参照】

のりみ通信 太陽の塔内覧オフ会【後編】

のりみ通信 館長さんと行く万博公園ディープツアー

万博公園便り エコパーク 2011年5月号