大阪歴史博物館で、特集展示「近代建築の記憶」特集展示「近代建築の記憶」が始まりました。
建築の忘れ形見ともいえるステインドグラスやテラコッタの装飾が多数展示され、近代建築ファンにはたまらない展示です。
ささやかながら、私も旧阪急梅田駅コンコースの写真とスケッチのパネルを展示していただきました。
ぜひご覧ください。

旧阪急梅田駅コンコース(写真)
旧阪急梅田駅コンコース
2005年8月撮影

煌(きらめき)
『煌(きらめき)』
水彩画 2005年9月6日完成

第89回 特集展示「近代建築の記憶」
平成25年12月18日(水)~平成26年2月3日(月)
毎週火曜日休館、年末年始(12月28日~1月4日)休館
会場 8階 特集展示室

学芸員による展示解説
平成25年12月23日(月・祝)、平成26年1月13日(月・祝)、1月25日(土)、2月1日(土)
午後2時より30分程度
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現在配布中の「大阪 光の饗宴」のパンフレットP.12に、1枚だけですが、私の撮影した写真が掲載されています。
どこに掲載されているかはぜひ探してみてください。

「大阪 光の饗宴」デジタルパンフレット

ぜひパンフレット片手に、光の街・大阪を歩いてみてくださいね。

北浜レトロ
手塚治虫ファン大会2013

12月7日(土)、「手塚治虫ファン大会2013」へ。
場所は、渋谷二丁目の八千代ビルB1階 ライブスポット・Last Waltz by shiosai。

狭く暗い階段を、おっかなびっくり降りていく。
いいねえ~、このアングラな雰囲気。昔、新宿ピットインに行ったのを思い出すぜ。
入り口でお姉さんが笊を持って立ってはった。笊には何やら小さいブツが仰山盛られてあって、浦メは最初「飴ちゃんでもくれるんかいな?」と思った。
果たしてそいつは飴ちゃんではなく、友人でもあるT田翁ご提供の手塚キャラピンバッジであった。
粋だねえ。浦メは有難く、ウランちゃんのを押戴いた。

ホール内はますます暗く、既に満席に近い勢いで、コアな手塚ファン諸氏が犇めき合っておる。
おや、松谷社長もいらっしゃるではないか♪今日は完全に一手塚ファンとして来られたのかな?

浦メ夫婦は最後列に腰をおろす・・・と、ほぼ同時に会もスタート。
スクリーンに映し出された手塚先生が「ようこそ皆さん」と挨拶される。
おお~っ!!動いて喋る先生は、いつ見てもいいよね♪改めて、オノレが手塚ファンだという事を再認識させてもらえるぜ。

そして、怒涛の勢いで「手塚先生に100の質問」(の一部)上映。
「寝る時は何を着るか?」との質問に
「えーと、ネグリジェ」と答えてすぐに、
「いや、ネグリジェじゃない、えーと、あれはホラ、なんだっけか・・・あ!パジャマだ、パジャマ!ネグリジェなんて・・・ねえ♪」
と照れ笑いされる先生にこちらも釣られ笑い。

そしてS口姐さん&どろんこ先生ことK原氏による、いつもの軽妙な司会でプログラムは幕を切って落とされた。

最初は、手塚番を経て手塚プロまんが部チーフを務められた福元一義さんが、当時の思い出を語るコーナー。
聞き手はファンクラブ初代会長にして推理小説家・二階堂黎人さん。
『ブラック・ジャック創作秘話』で既知の内容ではあったが、改めて御本人の口から聞くのは、またひとしおだ。
『秘話』ではまだ登場していないが、かの有名な福井英一糾弾事件についても、当時をリアルに知る人から聞くのは実に興味深い。
質疑応答コーナーでは、途中から松谷社長が「それについては私が話しましょう」と飛び入り。
惜しむらくは、カベさんことチャンピオンの壁村耐三編集長についての、『創作秘話』にはないエピソードが出るかと思ってたんだけど、そこまでは至らなかった事かな。

続いては手塚プロアニメーター・小林準治氏の秘蔵アニメ上映。
以前のファン大会でも観た「新宝島」冒頭シーンの自主製作アニメが、軽快なBGM付きで上映された。
他にも、「ビッグX」がビテレで放送されるより前に、高校生だった氏が自主制作した「ビッグX」(これが今観ても頗る良く出来てるの)とか、1982年の8ミリで、氏が自宅から高田馬場セブンビルにあった手塚プロまでを延々歩いて撮ったフィルム(BGMには若き日の泉谷か忌野を彷彿とさせるような反体制チックな激しいフォークがかかり、これがまた映像と妙にマッチして“時代性”を感じさせてくれた)なんていう、こういう場でないと恐らく一生お目にかかれない珍品(失礼、逸品か)にお目にかかる事が出来た♪
氏のコメントによると、他にも冗談で作った「実写版ジャングル大帝」なんてのもあるそうで、これには場内爆笑。
まだまだ奥ノ院に秘匿された「お宝」は今後もファン大会が続くとするならば、小出しに発表するとの由。観たいなぁ・・・。

お次は秘蔵映像上映会で、「実写版ガロン」「0マン」「フライング・ベン」が登場。
ガロンは、以前にもファン大会でその威容を拝見したけれど改めて観るに、鳥取県溝口町の「鬼っこミュージアム」の屋根に腰掛ける鬼の巨像に似てるなぁ。
浦メ世代としてはですね、やはり特撮はCGやのぉて、丹精込めたミニチュアをバコバコ破壊し火をバンバン吹きまくるのに限りますて。

「0マン」は、リッキーがオッサンで、しかも愛らしいリスの尻尾がなかった。
これはこれで嫁はん共々笑ってしまった。

そして「フライング・ベン」。
これは音楽のみではなく、ちゃんとアテレコもされとった。つまりノーマンやガムガムパンチと同様。
てぇ事は、本気でビテレ化寸前までいったんやろか?
ヒゲオヤジが可愛い。
タダシ君の目つきがキツイ。自民党の石破やないか、まるで。
ベンとウルはわかるが、一緒にくっついてたヌイグルミみてえな子犬、なんだありゃ?もしかしてあれ、プチか???

いや面白かった、珍しかった。
だけど、「0マン」も「フライング・ベン」も、『手塚治虫漫画40年』で紹介されていたパイロットフィルム1カットとは明らかに絵柄も背景も違ってたな。
『40年』の方では、ちゃんとプチはプチだったし、タダシ君もガンつけてないし、リッキーもオッサンではなく原作に忠実な可愛いリスだ。
こいつぁ一体どういうワケでぃ?
いずれも2種類制作されたって事かいな?
謎が謎を呼ぶがな。
尤も、解明されたところで、浦メの日常業務には毛先ほども影響せんのだけどよ。仕事なんか関係ないの!知りたいの、ワシわ!!「なんでも見てやろう」なの!
だからかくなる上は、『40年』で紹介されてたバージョンのパイロットも、是非是非、拝見したいもんだ。

因みにこの日観た「フライング・ベン」の演出と原動画は月岡貞夫さんであった。
おおっ、『創作秘話』最新刊に登場する可愛らしいボクちゃんが一枚噛んではったのか♪
こういう発見があるから、なんだかんだ言ってもファン大会はヤメラレナイんだよな。

会はドンドン進み、お宝鑑賞会へと突入。
事前に会員諸兄姉が送られた先生のサインなど秘蔵のお宝を、スライドショーよろしく次々と披露。
場内からは羨望の溜め息がそこかしこで漏れた。
ウチの嫁はんも、豊中市岡町の寿司屋さんにかかっていたサイン色紙や、1960年代の小学校同窓会で先生がクラスメイトだったご婦人の手帳に描かれたアトム&ウラン、手塚先生の北野中学時代の同級生がお持ちの色紙、その他etc.を、結構な数出しておった。
なんや、出すんやったら事前に言うといてくれたら良かったんや。
それやったら当日の解説を、全部わしが喋ってやんのに。

お宝紹介だけでなく、ネットに出回る贋作紹介もされた。
あきらかにこれはアカンやろというモノホンの贋作から、ダメっぷりが却って笑いを誘う迷贋作、果ては「これ本物です」と言われたら一瞬信じてまうやろなと思わせる精巧な贋作まで、色んなのが登場した。

巻きに巻いてアッという間にプレゼント抽選会。
これもドンドンドンドン、流れるように進行していった。

終了の15:30は瞬く間にやって来た。
イスが硬いとか、場内が狭いとか、トイレにも行けないとか、恐らく色んな意見が出るだろうけど、それらを差っ引いたとしても、浦メは良かったと思うぜ。

そりゃ、やり始めの草月会館とは全然違うけどよ、或る意味これが手塚ファン大会理想の姿に一歩近づいた、と言えるんやなかろうか?
それこそ大昔、京都のファンの人々が先生を囲んで喫茶コボタンでお茶会やったような、さ。

ファン大会は是非、来年も続けて欲しい。
だから帰り、カンパBOX(ポンタボックスではない)に貧者の一灯を投じさせてもらったぜ。
次回はそやなぁ、例えば同じ上映でも、秘蔵もいいけど今、市場に出てる奴で案外観てる人は少ないであろう、例えば市川崑監督の実写版「火の鳥」とか、加山雄三の「ブラック・ジャック」、大林素彦の「瞳の中の訪問者」なんかをですね、全部流してたらそれこそ日が暮れて翌日になっちまうからよ、エッセンスだけでええんで上映するとか。
浦メとしては、叶うもんなら1973年頃に「ひらけ!ポンキッキ」の歌のコーナーで放映された「地球を七回半廻れ」を上映してもらいてぇもんだが。
あれ、どうも虫プロではなくマキノプロが作ったようなんだが、実写映像の首都高をアニメーションのCARに乗ったアトムやサファイヤたち手塚キャラが爆走するというユニークな作品。
浦メの幼い在りし日の記憶に、ボゥッと灯のやうに存在しているんだよな。

それにしても、今回も実行委員会の皆さんの御苦労には感謝感謝だ。
浦メは御苦労の成果を一方的に享受するばかりだが、カンパもそうやけど“ブツ”の提供なんかでも、協力してぇもんやぜ。
規模は小さくともファン大会が無くなっちまうと、ホンマに寂しいからな。

(夫の日記より転載)