夏休み期間中の8月2日、3日と長野県上田市へ旅行に行ってきました。上田というと、真田幸村が主人公の大河ドラマ「真田丸」で盛り上がる真田の里として知られていますが、今回は手塚ファンとしての目的も兼ねていました。実は長野県上田市は、平安時代末期の武将・手塚太郎金刺光盛とその一族が居を構えていた土地なんだそうです。手塚太郎光盛は、手塚治虫の先祖にあたり、『火の鳥 乱世編』に木曽義仲に火の鳥が見つかったと進言するワンシーンで登場します。
上田駅前の真田幸村像の前で
上田駅前の真田幸村像の前で、夫婦で記念撮影
左:上原榮治さん 右:松原光昭さん
左:上原榮治さん、右:松原光昭さん

手塚家のルーツについては、『陽だまりの樹』のもとになった深瀬泰旦氏の論文で言及され、過去の文献が多数あることもあり、今まで何となくは知っていたのですが、詳しく知るきっかけとなったのが、2016年2月12日放送のNHK「ファミリーヒストリー」でした。番組によると、長野県上田市には、「手塚」という集落があり、その地名から「手塚氏」と言われるようになったとのこと。また、須川地区には「手塚姓」の家族が今も多数存在するそうです。「手塚家祖先の墓所にご案内したいので、是非上田までお越しください」という上田市在住の手塚ファン・松原光昭さんの強いお誘いもあり、今回の上田旅行と相成ったわけです。松原さんの紹介で、8月2日の晩に初めてお会いしたのが『手塚太郎金刺光盛―手塚一族の後裔はどこへ?―』の著者・上原榮治さん。上原さんは、母方姓が「手塚」でご自身の先祖が手塚光盛だそうです。ご著書を執筆する過程で、手塚光盛の子孫の一人が手塚治虫であったことを知ったそうです。

手塚太郎金刺光盛 上原さんの本
上原榮治さんの著書『手塚太郎金刺光盛―手塚一族の後裔はどこへ?―』
手塚治虫の系図 上原さんの本

上田駅前のホテルに宿泊し、翌朝、松原さん、上原さんと待ち合わせ。手塚家祖先の墓所がある須川地区まで車で向かいました。母方の実家が須川地区にあった上原さんにとっては馴染みの場所で、近くには須川湖があり、小学生の頃、夏は水泳、冬はスケートをして遊んだそうです。須川公民館の前で車を止め、小高い丘陵地を登ると、たくさんの古い墓石が並んでいて、それが手塚家の墓所でした。

須川湖
須川湖
手塚家祖先の墓
手塚家祖先の墓

手塚太郎光盛は、一族の命運を木曽義仲に懸けていたため、1184年の粟津の戦いで木曽義仲が敗死した後、源頼朝に田畑家屋敷を没収され、一族は手塚地区から須川地区に落ち延びたそうです。落人(おちうど)となったため「手塚」の名前を出すことをはばかり、暮石には「手塚」の文字は書かれなかったそうです。
上田の地図西側 上原さんの本上田の地図東側 上原さんの本
上田市~塩田平周辺地図
『手塚太郎金刺光盛―手塚一族の後裔はどこへ?―』より

手塚光盛の墓に献花 松原さん上原さん
手塚光盛の墓に献花
手塚光盛の墓の前で
上原榮治さん

お線香とお花を手向け、4人でしばしお参り。手塚ファンであることが縁で、800年前の手塚家のルーツをたどることになるとは、とても不思議な縁だと思いました。
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