2月10日(金)の晩、私は大阪から東京に向かう新幹線の中にいました。その数日前に知った、元「少女クラブ」編集長の丸山昭さんの訃報と併せて、「2月11日の午前に、手塚ファン有志で手塚先生のお墓参りに皆で行く」という情報が、池川佳宏さんのツイッターで流れたからでした。深夜0時に有楽町駅に到着。昨年の手塚治虫文化賞の授賞式が有楽町朝日ホールで開催され、たまたま丸山昭さんとエレベーターで一緒になったのです。「(手塚イベントなので)きっと来られると思っていました」と、一言二言会話し、それが丸山さんとお話した最後となりました。

1新庚申塚駅
翌日の2月11日(土)の午前10時半に、都電荒川線の新庚申塚駅に到着。東京の友人の持田恵三さん(川越ヒョウタンツギの会)と合流。到着すると、なぜか京都の手塚ファンの山本晋吾さんもいてびっくり!私と同じくやはりツイッターで情報を見て来たそうです。
2総禅寺の前で下崎闊さん
巣鴨の総禅寺に到着すると、虫プロ&手塚プロOBの下崎闊さんの姿が。下崎さんは、本当は2月9日の手塚先生のご命日にお墓参りに行く予定が、あいにくのお天気で中止。私たちに予定を合わせてくださいました。

3総禅寺手塚先生のお墓モニュメント
お線香を買って、手塚先生のお墓参りへ。毎年、ご命日あたりは、手塚家の方々だけでなく、手塚ファンもたくさんお参りに来るようです。私はというと、2007年12月の手塚ファン大会の翌日に、小林準治さんの愛車で行って以来なので、実に9年ぶりでした。

5総禅寺の前で田浦紀子
総禅寺の前で筆者

4総禅寺の前で山本晋吾さん持田恵三さん
左:山本晋吾さん、右:持田恵三さん

お墓参りをすませ、先発隊の池川佳宏さん達を追いかけて、都電荒川線で、鬼子母神で下車し、並木ハウスへ向かいました。手塚先生が住んでいた時のままの建物が残っていて、まるで時が止まったようです。

6並木ハウス 手塚先生の部屋
手塚先生が住んでいた210号室は正面左手側のこの窓。


丸山昭さんが、並木ハウスの元手塚先生の部屋の前でインタビューを受けている様子が、NHKのホームページで見られるのでご覧ください。
「手塚先生は富士山のような人」という言葉が印象的です。

戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 2014年度「知の巨人たち」
第8回 宇宙から生命を見つめて~手塚治虫~
「編集者が語る「異能の人」」丸山昭さん
2014年11月25日


7雑司が谷案内処
8丸山昭さんのサイン
並木ハウスのすぐ近くの、「雑司が谷案内処」では、虫プロOGの岡部江利子さんがいらっしゃって、丸山昭さんのサイン入り著書を見せてくださいました。案内処の2階でようやく先発隊の池川さん達と合流。池川佳宏さんが取材執筆された丸山昭さんのロングインタビューの記事が配布されました。

11鬼子母神参道
9鬼子母神
「雑司が谷案内処」を後にし、参道を歩いて鬼子母神へお参り。

10鬼子母神前で記念撮影1
14鬼子母神前で記念撮影2
鬼子母神参拝の後ツアーの皆で記念撮影。

12トキワ荘お休み処1
13トキワ荘お休み処2
その後、椎名町のトキワ荘お休み処へ向かいました。

15松葉
16松葉ラーメン
お昼ご飯は、トキワ荘メンバーがよく食べに行った「中国料理 松葉」でラーメンを。

17トキワ荘跡モニュメント1
18トキワ荘跡モニュメント2
トキワ荘跡地に立つモニュメント

19記念碑「トキワ荘のヒーローたち」
南長崎花咲公園内にある記念碑「トキワ荘のヒーローたち」

20レオトライヤ東長崎駅
最後は西武池袋線東長崎駅に設置された「ジャングル大帝」のレオとライヤのモニュメントを見て解散。ここのところ、手塚先生の関係者の訃報続き、手塚先生のことを語れる人がどんどん減っていくのですが、でも、だからこそこうして毎年「偲ぶ会」が催されていることは素晴らしいことだと思うのです。
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