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2017.08.17
手塚先生の同級生・岡原進さん宅での出版祝賀会


8月15日の終戦記念日に、手塚治虫さんの北野中学時代の同級生の岡原進さんに招かれてご自宅を訪問しました。岡原さんはカメラマンで、『親友が語る手塚治虫の少年』の表紙の手塚治虫の写真は1966年に岡原さんが撮影したもの。「まるであつらえたように」と岡原さんが言うように、本書の表紙にぴったりの写真です。もちろん、これは本書デザイナー谷卓司さんの装幀のおかげとも言えます。

今回はごく内輪の出版祝賀会を兼ねていて、私、夫、谷卓司さん、岡原進さんの4人で持ち寄りパーティー的な会となりました。
岡原進さんは、手塚治虫さんとはクラスは違うものの美術部で一緒。ご自宅の階段には岡原さんが描かれた水彩画が飾られていました。

リビングにグランドピアノがあったので、手すさびに「鉄腕アトム」を弾いたりしました。

岡原進さんは陸軍少将の父を持ち、北野中学を3年で中退して陸軍特別幹部候補生を志願して戦争に行きました。飛行機乗りとなり、1945年1月マレーシアに派遣され、同年8月15日終戦。降伏軍人として、イギリス軍の監視の下、レンパン島(無人島)で開墾作業をして生活しました。無人島でタピオカを栽培して食いつないだことなど、リアルな戦争体験を聞きました。
戦後の1961年に手塚治虫さんと再会し、1962年と1966年と2回、富士見台の虫プロを訪問しています。

リビングの部屋にかけられた「鉄腕アトム」の色紙は1962年の訪問時に貰ったもの。1966年に撮影した虫プロで原稿を描く手塚治虫さんの写真アルバムも見せていただきました。(このうち何点かは『親友が語る手塚治虫の少年』に収録しています)

岡原さんは、関係者の中で『親友が語る手塚治虫の少年』の刊行後に一番親身になって販促活動を頑張って下さっています。
やはり自分の撮った写真の表紙が本屋に並んでいるのは嬉しいようです。
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