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2007.04.30
大阪市立科学館でアトムを
大阪市立科学館で、オムニマックス映像「アストロボーイ鉄腕アトム 10万光年の来訪者(イグザ)」が上映中なので、見に行ってきました。これ、2005年の作品で前に天保山でやっていたんですが、見損ねていて、今頃見に行った次第です。

しかし、率直な感想。まあまあです(^^;)いや、見る前からだいたい作品のレベルはわかってはいたんですが…。「アストロボーイ鉄腕アトム」は正直あまり好きではないので、手塚ファンの義務として(苦笑)見ている感があるんですが…。(見たくないなら見なきゃいいのに、といわれるかもしれませんが、これがそうもいかないのが手塚ファンのサガ^^;)
う~ん、何が足りないのかなー「アストロボーイ」。別に作画が悪いわけでもないし、津村アトムにはもう慣れたんですが…。あえて言うなら…脚本に全然インパクトが無いんだよなー。
「アストロボーイ」は、原作とはストーリーが全く異なるため、原作至上主義の私にはこれがアトムの顔をしていてもアトムに見えないんです。「手塚治虫原作」をうたっていてもどこにも手塚イズムが感じられない。
でも、まあお客は入っていました。日曜日ということもあって、ほとんどは親子連れ。子供はおもしろいんやろか?これ。別に原作にこだわっているわけじゃないんですけどね…原作とかけはなれていても面白ければいいんですけど…。でも原作のアトムが少しも感じられないアトムってアトムって言えるのか?
一般ウケしなくても、マニア受けする作品を望んでいるんですけどね、個人的には。それじゃお客は入らんか(^^;)しかしねえ、だからといってマニアの心をつかめない作品が一般ウケするとも思えないんですよね…。
…とぶつぶつ文句を言いましたが、でも。大阪市立科学館でアトムをやってくれるのは嬉しいんです。だって、ここ大阪市立科学館は手塚先生が宇宙への夢をかきたてたプラネタリウムがある場所ですから。

これがそのツァイスⅡ型プラネタリウムです。かつて四ツ橋の電気科学館にあり、現在は有形文化財として保存されています。詳しくはこちらを。

しかし、率直な感想。まあまあです(^^;)いや、見る前からだいたい作品のレベルはわかってはいたんですが…。「アストロボーイ鉄腕アトム」は正直あまり好きではないので、手塚ファンの義務として(苦笑)見ている感があるんですが…。(見たくないなら見なきゃいいのに、といわれるかもしれませんが、これがそうもいかないのが手塚ファンのサガ^^;)
う~ん、何が足りないのかなー「アストロボーイ」。別に作画が悪いわけでもないし、津村アトムにはもう慣れたんですが…。あえて言うなら…脚本に全然インパクトが無いんだよなー。
「アストロボーイ」は、原作とはストーリーが全く異なるため、原作至上主義の私にはこれがアトムの顔をしていてもアトムに見えないんです。「手塚治虫原作」をうたっていてもどこにも手塚イズムが感じられない。
でも、まあお客は入っていました。日曜日ということもあって、ほとんどは親子連れ。子供はおもしろいんやろか?これ。別に原作にこだわっているわけじゃないんですけどね…原作とかけはなれていても面白ければいいんですけど…。でも原作のアトムが少しも感じられないアトムってアトムって言えるのか?
一般ウケしなくても、マニア受けする作品を望んでいるんですけどね、個人的には。それじゃお客は入らんか(^^;)しかしねえ、だからといってマニアの心をつかめない作品が一般ウケするとも思えないんですよね…。
…とぶつぶつ文句を言いましたが、でも。大阪市立科学館でアトムをやってくれるのは嬉しいんです。だって、ここ大阪市立科学館は手塚先生が宇宙への夢をかきたてたプラネタリウムがある場所ですから。

これがそのツァイスⅡ型プラネタリウムです。かつて四ツ橋の電気科学館にあり、現在は有形文化財として保存されています。詳しくはこちらを。



以前、ここには『漫画天文学』の原稿と手塚先生のサインが一緒に展示されていたそうですが、今日はありませんでした。でも、科学館の売店ではアトムグッズも販売されていました!

手塚先生ゆかりの地でアトムを。すごい嬉しいんですけど…ただ、それが「鉄腕アトム」ではなく「アストロボーイ」なのが気にくわないんだな(^^;)といいつつ、チラシをがさっともらって帰りました。(めっちゃ矛盾…)

ところで、ここ、大阪市立科学館には「日本で最初のロボット」といわれる「学天則」の模型が展示されています。
キャプションによると、「学天則」が生まれたのは1928年(昭和3年)。制作は西村真琴氏。圧縮空気を各部におくって人間のような動きをしたそうです。(この学天則の目が動いている映像を見たことがあります)実際の「学天則」はこの2倍の大きさ。

科学館の入口にはドラえもんもいました。タケコプターがソーラー電池でまわっています。ついソーラー電池部を手で触って、とまるかどうかを確かめる私(笑)。

それにしても、科学館の建物はかっこいい!

ここに来るとやっぱり手塚作品のSF世界は大阪の科学館が原点だったんだなあ、という気がします。
科学館の前より眺めているのは、かつて手塚先生が通った阪大医学部跡地。今は更地です。

右に見えるのはダイビル。このダイビルが見られるのもあと2年…。

アトムといえば、今年もGWスタンプラリー始まってますね。早くペタペタ押しに行かねば(笑)。
鱸
ユニークなレポートありがとうございます。
私も電気科学館+ZEISSのファンです。
よく通いました。
ささやかですがコレクションを下記URLブログで整理しており
手塚治虫さんのことも少し書いてます。
私も電気科学館+ZEISSのファンです。
よく通いました。
ささやかですがコレクションを下記URLブログで整理しており
手塚治虫さんのことも少し書いてます。
のりみ
鱸さん
すごい!これ全部もってはるんですか?私から見ると垂涎モノのお宝ばかりでめっちゃ羨ましいです~。私は本などでしか見たことがないものですから。この手の資料も欲しいなあと思って、たまにヤフオクで探したりもするんですが、全然出てないことが多いんですよねー。
もしかして、四ツ橋駅にかつてあった、プラネタリウムのタイル画写真なんて持っていたりします?
今、電気科学館の思い出募集やっていますね。
http://www.sci-museum.jp/server_sci/top/recollections.html
これのDMに電気科学館の素敵な写真が使われていました。私は電気科学館時代は行ったことが無いので、応募するような思い出が無いものですから…。市立科学館のほうは度々行っております。
すごい!これ全部もってはるんですか?私から見ると垂涎モノのお宝ばかりでめっちゃ羨ましいです~。私は本などでしか見たことがないものですから。この手の資料も欲しいなあと思って、たまにヤフオクで探したりもするんですが、全然出てないことが多いんですよねー。
もしかして、四ツ橋駅にかつてあった、プラネタリウムのタイル画写真なんて持っていたりします?
今、電気科学館の思い出募集やっていますね。
http://www.sci-museum.jp/server_sci/top/recollections.html
これのDMに電気科学館の素敵な写真が使われていました。私は電気科学館時代は行ったことが無いので、応募するような思い出が無いものですから…。市立科学館のほうは度々行っております。
2007/05/01 Tue 01:12 URL [ Edit ]
鱸
ご返信ありがとうございます。
モザイクの壁画、小学生の私はこれを入口の目印にしてたので
存在は、はっきり覚えているのですが自分の写真はありません。シクシク。
大阪人の特集に載ってたのを見たときは感激でした。
電気科学館通史で読みやすく図書館配布量も多いのは閉館直前の「電気科学館50年史」
だと思います。大阪人発行以前は手塚氏講演写真などもこれしか知りませんでした。
小学生の私は、下階で電気の歴史や不思議を、上階で未来の電気製品(ミニ個人テレビなど)をみて
近い未来を体現、やや興奮し、最上階のプラネタリウムで別世界をみて頭を冷やして帰ると
いうのが本当に楽しくて、よく行ってました。
遠足でも行ったのですが、昭和50年代の小学生たちは近い未来に期待や想像力を
大きくふくらましてたのは体験的に事実だったと思います。
手塚治虫さん、小松左京さんたち日本SF草創の人たちも時代はちがうけれども
そんなふしもあるんじゃないかと思います。
もし過去の自分にメールできるなら、是非お勧めする手塚大阪イベントベスト3
1985年
「手塚治虫さんが電気科学館をたずねた「11PM 手塚治虫NANIWAグラフィティー」をみてほしい」
(いまだにみれてない)
1986年
「世界まんが博大阪に行ってほしい」
(元気な手塚治虫さんに逢い、いろいろ感謝したい。司馬遼さんや藤子Aさんにはあえたけど
手塚治虫さん藤子Fさんにあえなかったことがくやしいです)
1987年
「電気科学館50周年記念手塚治虫講演を聴いてほしい」
(後継の科学館に講演録が残ってないか聞きに行きましたが残ってませんでした)
1986年 世界まんが博大阪でコンパニオンとして手塚治虫に遭遇した人の話
http://newyorkcity.blog36.fc2.com/blog-entry-45.html
1987年、電気科学館50周年記念講演を聴いた後、ゴッドハンドに遭遇、色紙10枚もらった人の話
http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/TOPIC/1999/99yokoo/99yokoo.htm
のりみさんたちのイベント報告たのしく拝見してます。ありがとうございます。
のりみさんのブログも時間の経過で価値が膨らんでいくのではないでしょうか。
モザイクの壁画、小学生の私はこれを入口の目印にしてたので
存在は、はっきり覚えているのですが自分の写真はありません。シクシク。
大阪人の特集に載ってたのを見たときは感激でした。
電気科学館通史で読みやすく図書館配布量も多いのは閉館直前の「電気科学館50年史」
だと思います。大阪人発行以前は手塚氏講演写真などもこれしか知りませんでした。
小学生の私は、下階で電気の歴史や不思議を、上階で未来の電気製品(ミニ個人テレビなど)をみて
近い未来を体現、やや興奮し、最上階のプラネタリウムで別世界をみて頭を冷やして帰ると
いうのが本当に楽しくて、よく行ってました。
遠足でも行ったのですが、昭和50年代の小学生たちは近い未来に期待や想像力を
大きくふくらましてたのは体験的に事実だったと思います。
手塚治虫さん、小松左京さんたち日本SF草創の人たちも時代はちがうけれども
そんなふしもあるんじゃないかと思います。
もし過去の自分にメールできるなら、是非お勧めする手塚大阪イベントベスト3
1985年
「手塚治虫さんが電気科学館をたずねた「11PM 手塚治虫NANIWAグラフィティー」をみてほしい」
(いまだにみれてない)
1986年
「世界まんが博大阪に行ってほしい」
(元気な手塚治虫さんに逢い、いろいろ感謝したい。司馬遼さんや藤子Aさんにはあえたけど
手塚治虫さん藤子Fさんにあえなかったことがくやしいです)
1987年
「電気科学館50周年記念手塚治虫講演を聴いてほしい」
(後継の科学館に講演録が残ってないか聞きに行きましたが残ってませんでした)
1986年 世界まんが博大阪でコンパニオンとして手塚治虫に遭遇した人の話
http://newyorkcity.blog36.fc2.com/blog-entry-45.html
1987年、電気科学館50周年記念講演を聴いた後、ゴッドハンドに遭遇、色紙10枚もらった人の話
http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/TOPIC/1999/99yokoo/99yokoo.htm
のりみさんたちのイベント報告たのしく拝見してます。ありがとうございます。
のりみさんのブログも時間の経過で価値が膨らんでいくのではないでしょうか。
のりみ
鱸さん
すごい長文!多謝です。
四ツ橋駅のモザイク壁画は私は写真でしか見たことがありません。今の四ツ橋駅は何も面白みもない真っ白な壁なんで、電気科学館がなくなってもせめてその跡地としてわかるように、プラネタリウム壁画だけでも残しておけばよかったのに、と思いました。
「大阪人」の特集はこれですね。
http://www.osaka-cpa.or.jp/osaka-jin/naiyou/osakajin/jin0610.html
私もこの特集は感激して、ブログで紹介しようかと思っていたのですが、タイミングをのがしまして…。手塚先生の講演写真も『漫画天文学』も載っていて非常に充実した1冊でした。
『電気科学館50年史』は、銘菓プラネタリュームの記事を書くときに↓
http://www2.ocn.ne.jp/~norimi/sennari1.html
電気科学館のことを調べたくなって図書館に読みに行きました。いずれ入手したいと思っている本です。
電気科学館跡地にも行ってみましたが、ブルーウェーブインには何もその歴史を記すものがなく、寂しく思いました。実際行かれたとは本当にうらやましいです。ぜひ「電気科学館の思い出」に応募して、記録として残してください(^^)
>のりみさんたちのイベント報告たのしく拝見してます。ありがとうございます。
>のりみさんのブログも時間の経過で価値が膨らんでいくのではないでしょうか。
ありがとうございます。手塚漫画をリアルタイムで経験されている方に楽しいと言っていただけると、本当に嬉しく思います。
すごい長文!多謝です。
四ツ橋駅のモザイク壁画は私は写真でしか見たことがありません。今の四ツ橋駅は何も面白みもない真っ白な壁なんで、電気科学館がなくなってもせめてその跡地としてわかるように、プラネタリウム壁画だけでも残しておけばよかったのに、と思いました。
「大阪人」の特集はこれですね。
http://www.osaka-cpa.or.jp/osaka-jin/naiyou/osakajin/jin0610.html
私もこの特集は感激して、ブログで紹介しようかと思っていたのですが、タイミングをのがしまして…。手塚先生の講演写真も『漫画天文学』も載っていて非常に充実した1冊でした。
『電気科学館50年史』は、銘菓プラネタリュームの記事を書くときに↓
http://www2.ocn.ne.jp/~norimi/sennari1.html
電気科学館のことを調べたくなって図書館に読みに行きました。いずれ入手したいと思っている本です。
電気科学館跡地にも行ってみましたが、ブルーウェーブインには何もその歴史を記すものがなく、寂しく思いました。実際行かれたとは本当にうらやましいです。ぜひ「電気科学館の思い出」に応募して、記録として残してください(^^)
>のりみさんたちのイベント報告たのしく拝見してます。ありがとうございます。
>のりみさんのブログも時間の経過で価値が膨らんでいくのではないでしょうか。
ありがとうございます。手塚漫画をリアルタイムで経験されている方に楽しいと言っていただけると、本当に嬉しく思います。
2007/05/03 Thu 23:05 URL [ Edit ]
kotaro
おはようございます。昨日西村眼鏡店に用事があったので、早速「大大阪」ものぞいてええハガキ展もみてきました。
ここに書かれているやりとり、ホンマにそれをやりたくてプラネタリウムから阪大病院~ダイビルから最後は交通局、川口まで歩いたのが昨日のようです。
あの年は正月7日に天皇さんが亡くなって、その数日後に昭和を追うように手塚さんが亡くなられました。
大阪のプラネタリウムは今の交通局が電気事業もやっていて、電気局だった時代の潤沢な資産があったころ、大阪っ子に東洋一の天文文化をプレゼントをしようと、造ったものです。
コーディネーターとして下見も行きました。
館長さんにアポをとり、普段は入れない塔屋部にも入れていただきました。
また建設時の資料も貸していただきコピーも取らせてもらいました。
面白い時代でした。
ぼくは手塚さんとともに、織田作の「わが町」の最後のシーン、主人公のたあやんが昔を回顧しながらプラネタリウムで夢見るように死んで行く場面が忘れられません。
四ツ橋の電気科学館が閉館してから18年。建物は長い間放っておかれていましたが、いまはオリックスのビジネスホテルになりました。
「この建物の屋上が丸いのは昔あった建物を偲んでですか?」
先日いきなりフロントの女の人に切り出すと彼女は目を丸くしていました(笑)
こうやって今でも皆さんが懐かしむ、幸せな記憶の中に生きる建物なのでしょう。
ここに書かれているやりとり、ホンマにそれをやりたくてプラネタリウムから阪大病院~ダイビルから最後は交通局、川口まで歩いたのが昨日のようです。
あの年は正月7日に天皇さんが亡くなって、その数日後に昭和を追うように手塚さんが亡くなられました。
大阪のプラネタリウムは今の交通局が電気事業もやっていて、電気局だった時代の潤沢な資産があったころ、大阪っ子に東洋一の天文文化をプレゼントをしようと、造ったものです。
コーディネーターとして下見も行きました。
館長さんにアポをとり、普段は入れない塔屋部にも入れていただきました。
また建設時の資料も貸していただきコピーも取らせてもらいました。
面白い時代でした。
ぼくは手塚さんとともに、織田作の「わが町」の最後のシーン、主人公のたあやんが昔を回顧しながらプラネタリウムで夢見るように死んで行く場面が忘れられません。
四ツ橋の電気科学館が閉館してから18年。建物は長い間放っておかれていましたが、いまはオリックスのビジネスホテルになりました。
「この建物の屋上が丸いのは昔あった建物を偲んでですか?」
先日いきなりフロントの女の人に切り出すと彼女は目を丸くしていました(笑)
こうやって今でも皆さんが懐かしむ、幸せな記憶の中に生きる建物なのでしょう。
2007/05/24 Thu 08:59 URL [ Edit ]
のりみ
kotaroさん
喫茶大大阪のええはがき天、見てくださってありがとうございます!昨日大バンメンバーと大大阪に行ってみたら、3セットも売れていてとても嬉しかったです♪お金を出して買ってくださった方がいるなんて嬉しいことでしょう。
さて、話がそれましたが、電気科学館でのイベントの話、本当に興味深いです。記録本が無いのがもったいないですね~。手塚関連は(最近でも)やってもその場限りだったりするので、記録本がホントに欲しいものだな、と思います。電気科学館での手塚先生の講演も記録がどこかに残っていないものかとつくづく思います。
>「この建物の屋上が丸いのは昔あった建物を偲んでですか?」
>先日いきなりフロントの女の人に切り出すと彼女は目を丸くしていました(笑)
きっと、あのホテルの方はここがかつで電気科学館だったことを知らないんですよね。一応外観は電気科学館を模しているようですが…私が中をこっそり探検してみたときは、本当に…何も名残が無いなあ、とがっかりしました。せめて碑なりパネルくらいあればいいんですけど。
喫茶大大阪のええはがき天、見てくださってありがとうございます!昨日大バンメンバーと大大阪に行ってみたら、3セットも売れていてとても嬉しかったです♪お金を出して買ってくださった方がいるなんて嬉しいことでしょう。
さて、話がそれましたが、電気科学館でのイベントの話、本当に興味深いです。記録本が無いのがもったいないですね~。手塚関連は(最近でも)やってもその場限りだったりするので、記録本がホントに欲しいものだな、と思います。電気科学館での手塚先生の講演も記録がどこかに残っていないものかとつくづく思います。
>「この建物の屋上が丸いのは昔あった建物を偲んでですか?」
>先日いきなりフロントの女の人に切り出すと彼女は目を丸くしていました(笑)
きっと、あのホテルの方はここがかつで電気科学館だったことを知らないんですよね。一応外観は電気科学館を模しているようですが…私が中をこっそり探検してみたときは、本当に…何も名残が無いなあ、とがっかりしました。せめて碑なりパネルくらいあればいいんですけど。
2007/05/27 Sun 01:44 URL [ Edit ]
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