2008.01.22 並木ハウス
総禅寺を後にし、都電荒川線に乗りました。今やめずらしくなってしまった路面電車で庚申塚から鬼子母神前へ。鬼子母神近くに並木ハウスが現存すると聞いていたからです。1954年10月トキワ荘から転居し、二年あまり暮らしたのがこの並木ハウスでした。手塚先生が住んでいたのは半世紀以上も前のことなんですね。手塚プロ公式サイトの虫ん坊2002年12月号に並木ハウスの記事が載って以来、いつか行きたいと思っていました。手塚先生ゆかりの建物が次々に無くなっていく今、この半世紀以上も前の建物も残っているかどうか不安だったのですが、とにかく行ってみることに。
鬼子母神参道

鬼子母神参道には樹齢何百年にもなるであろうケヤキ並木。「並木ハウス」というのはこのケヤキ並木沿いにあったからなんでしょうね。地図をもとに参道を歩くも明らかに行き過ぎてあわてて引き返しました。参道にはいってすぐ右手の細い路地の向こうにその建物はありました!
並木ハウス

手塚先生が住んでいた210号室は正面左手側のこの窓。
並木ハウス

並木ハウスの入り口には1990年の手塚治虫展のアトムポスターが。
並木ハウス アトム

並木ハウスといえば、空き室が出だという情報をだいぶ以前に手塚MLで耳にしたことがあります。(今は満室)いまだに風呂無しトイレ共同にもかかわらず、家賃が2万8千円という安さもあり、ここは人気の物件なんだそうです。手塚先生が住んでいた当時の家賃は3千円。当時はおしゃれなアパートだったんでしょうね。手塚治虫年表で当時、並木ハウスに引っ越したばかりの手塚先生の写真を見ることができます。
手塚先生が住んでいた部屋のドア。
並木ハウス

並木ハウス

並木ハウス

並木ハウス 門

並木ハウスを後にし、せっかくなので鬼子母神へ行ってみることに。鬼子母神というと『ブラック・ジャック』の「鬼子母神の息子」を思い出します(笑)。あたりは一面イチョウの落ち葉が降り積もっていました。
鬼子母神

鬼子母神

鬼子母神

鬼子母神

ケヤキ

ケヤキ

ケヤキ並木説明

時計を見ると午後1時過ぎ。さて、小林さんの車に乗れるのは4人だけなのでどうしようかと思ったのですが、次の目的地はトキワ荘跡。ここでお別れするのももったいないと凛水さんをひきとめ、携帯で連絡しあい、椎名町で落ち合うことにしました。

(つづく)


【参照】
手塚治虫メーリングリスト 並木ハウス
東京R不動産 並木ハウス
雑司が谷ルネッサンス
手塚治虫の東京を歩く
虫ん坊2002年12月
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