両国駅

両国の江戸東京博物館で始まった手塚治虫展とシンポジウム「手塚治虫アカデミー」観覧のため上京しました。

両国駅

手塚治虫展は期待をはるかに上回る大々的な展覧会で、全部見るのに2時間半はかかりました。
手塚治虫記念館の常設展や過去の企画展で見たものが多かったものの、初めて見る展示物も多数。

江戸東京博物館 手塚治虫展

江戸東京博物館 手塚治虫展

夜は手塚ニアン14人で懇親会でした。
↓は手塚な空気を盛り上げるために購入したアトムの手ぬぐい1365円也。デザインいいけど高いなー。ヒョウタンツギバージョンも買っちゃったけど。

アトムてぬぐい

懇親会の席で新任のファンクラブ担当のFさんにも初めてお会いすることができました。それにしても私より年下の方がFC担当になる日が来ようとは…(笑)。
上は70代から下は20代まで。自己紹介は当然手塚年表で(笑)。濃い手塚ファンの集いはいつでも楽しいものです。

夜10時すぎにおひらき。宿泊した第一ホテル両国は夜景も綺麗だし、バスも広かったし朝ご飯も美味しくて、なかなかよかったです。江戸東京博物館に行くならここはお勧め。

両国夜景

手塚治虫展はあまりの展示の充実ぶりに一日目だけでは満足できず、翌日江戸東京博物館の常設展鑑賞後、さらにもう一度見に行きました。そしたら手塚先生のもとアシスタントの野村さんに偶然出会い、野村さんの解説付きで鑑賞できるというラッキーな機会に恵まれました。

惜しむらくは図録に収録されていなかった展示物が多々あったことです。
手塚先生が亡くなった直後に批判文を発表して話題となった宮崎駿氏のロングインタビューが図録の冒頭に7ページにわたって掲載されていたのにはびっくり。しかし、それはそれで評価できると思いましたが、最後のコーナーの「手塚治虫の思い出」に寄稿されていた石原実さん、林久男さん、手塚プロの清水さん、野村さん、手塚悦子さん、水野英子さん、水木しげるさん、丸山昭さんなど多数の文章が全く図録に入っていなかったのは残念でなりません。また文章と関連した展示物も図録に入れてほしかったなーと思います。

結局二日間とも両国で過ごしましたが楽しい手塚な旅行でした。


下記、箇条書きになりますが「手塚治虫展」で気になった展示物を列記します。
○ブランコに乗っている手塚兄弟の写真
これは初めて見るものでした。宝塚の自宅にブランコがあったそうなので、たぶんそのブランコでしょうか?

○手塚先生が採集した昆虫の標本(甲虫)
北野中学時代の同級生・今中宏さん(故人)が所有し、のちに豊中市教育センターに寄贈されたものです。(北中時代に手塚治虫さん、林久男さん、今中宏さんの三人で六稜昆蟲研究会を結成)この昆虫標本のことがニュースになったのが2003年の夏で、NHK「かんさいニュース1番」収録の際、私は同行した経験があります。その時のレポートはこちら。ただ、今回の展示や図録には「友人が所有し」と書かれていたのが気になりました。おそらく今中宏さんが故人であるために名前を書けなかったのでしょうが…。

○手塚先生が採集した蝶の標本6頭
現存する数少ない手塚先生採集の蝶の標本。手塚浩さんが保管し、手塚治虫記念館に寄贈したもの

○特撮版「マグマ大使」の人形、マグマとゴア
手塚治虫記念館の「マグマ大使展」の目玉となっていたマグマとゴアの人形!やっぱり迫力があります。そういえば特撮版「マグマ大使」のDVDぜひ欲しいんですがまだ買っていません。5万円もするんやもん…(^^;)
 
○トキワ荘の天井板
トキワ荘が1982年に解体された際、取材に来た記者たちのために、手塚先生がはがした天井板の一枚に描いたものだそうです。→読売新聞の記事参照

○虫プロの「鉄腕アトム」製作風景
「鉄腕アトム」放送時に番外編的に放映されたものですがこれは貴重!撮られていることを意識しているのか動きがちょっとわざとらしいところが笑えました。

○「フィルムは生きている」の生原稿
アニメーションの機械の説明?だったと思うのですが、テレビ画面のようなものに貼られた説明が斜めのスペースにあわせて文字が一文字一文字切り貼りされていて感動。スタッフの努力の賜物というべきもの。ところがこの手塚治虫展に出品されていた「フィルムは生きている」の原稿って未収録ページなんでしょうか?自宅で講談社手塚治虫全集の『フィルムは生きている』を確認したのですが、どうしてもそのページが見当たりません。図録にも収録されていないので、確認できないのですが、現在販売されている書籍に収録されているのでしょうか?ご存じの方がいたら教えてください。

手塚先生の自宅で使用していた原稿机
今回初公開された机!高級品でもなんでもない一般的なスチール製の事務机です。野村さんは「手塚先生は物にこだわらない人でしたね」とおっしゃっていました。
 
○「ブラック・ジャック」ジャンボポスター原画
この絵がこんなに大きかったとは!縦サイズが1メートル近くあったでしょうか。B・Jといい、ピノコの表情といい最高にいいです★

○「びいこちゃん」直筆原稿
やはりこちらも絵の大きさと手塚先生のカラー画の美しさに溜息。

フジパンロボット館のロボットたち(ジャンケンロボット、カメラロボット、おしゃべりロボットの3体)
ずっと会いたいと思っていた万博のフジパンロボット館のロボット!「愛・地球博」の時、待ち時間の長さと入場料の高さに泣く泣く見るのを諦め、それ以来どこで見ることができるのかわからず、ずっと気になっていたものでした。やっと会えた!

○「聖書物語」の絵コンテ
野村さんによると絵コンテをここまできっちり描かれるのは手塚先生くらいだ、とのこと。

○手塚良庵の肖像画
ハードカバー版『陽だまりの樹』の7巻の表紙になっている肖像画ですが、原画(?)を初めて見ました。
「個人蔵」となっていて誰が所有しているかが判らなかったのですが、いったい誰が持っているんでしょ?

○浦沢直樹氏の「PLUTO」
数多ある手塚原作の漫画の中でもやっぱり「PLUTO」だけは別格ですね。

○ハリウッド版「アストロボーイ」の映像
やっぱり絵が気持ち悪い(^^;)全然期待できません。

○石原実さん所有の手塚先生の原画と写真など
石原さんから事前に手塚治虫展で公開される旨聞いていたのですが、思ったより点数が多くて嬉しかったです。池田附属小学校の同級生たちを描いた絵、金三角のイラスト、小学生の頃発行したガリ版刷り冊子「世界科学体系共同制作文庫(6)面白い木」「動物(3)」、妙見山で撮影した手塚治虫さん、石原実さんのツーショット写真などが公開されていました。「手塚治虫の思い出」のコーナーに石原さんの執筆された文もパネル展示されていました。

○不易墨汁(手塚プロ清水義裕さん提供)
清水義裕さんがまだ二十代だった頃のエピソードが一緒のパネルに綴られていました。手塚先生が夜「墨汁がないので漫画が描けない」と言いだし、清水さんはコンビニもない時代に文具屋を探しまわったそうです。ようやく買ってきた墨汁を見て手塚先生は「不易じゃないですか。僕は開明墨汁しか使いません。」「墨汁に違いがあるのですか?」「紙ののりが悪い」仕方なくもう一度文具屋の戸を叩いた時は夜11時をまわっていて、先方も明らかに迷惑そうな顔。「このへんで開明墨汁なんて聞いたことないですよ」と言われ、清水さんがすごすご帰ると「あっ、清水氏。墨汁あったんだよ。ごめん、ごめん。」と。その「ああ、不易墨汁」の現物がエピソードとともに展示されていたのには笑いました。

○アシスタントへの画面処理指示表(野村正さん出品)
横縞模様はZ、点々はN、放射線はEなど背景のパターンをアシスタントに指示するために描かれたものです。
そばにいた方が格子模様の「ヒゲオヤジってなんですか?」と質問。「ヒゲオヤジの蝶リボンの模様が格子模様なので、それが模様指定の名称です」とつい野村さんより先に説明してしまった私でした。

○「ミッドナイト」ACT.28のアシスタントへの指示原稿
手塚先生がキャラクターを描きこんだ後、アシスタントへの指示を書き込んだものが出品されていました。この指示をもとに野村さんは原稿を完成させたそうです。実は手塚先生の生原稿はこのアシスタントへの指示が入ったほうで、原稿になっているのはトレースされたもの。本来、アシスタントへの指示原稿などは捨てるものだそうなんですが、野村さんが保管していて残ったそうです。

○勲三等瑞宝章
実際にこれを見たのは初めてなので感激。

豊中市すこやかプラザに設置された手塚キャラ銅板パネルの写真とトキワ荘記念碑の写真
大阪人としては、豊中の銅板パネルが写真でちゃんとこれが展示されていて嬉しかったです。ほぼ同時期に大阪、東京の手塚先生ゆかりの地に誕生した記念碑ですね。これで豊中の認知度が高まればいいなあと思います。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://norimi.blog45.fc2.com/tb.php/392-9c788d5a