いま、漫画界がにわかに騒然としています。
あまりここで詳しく書くつもりはないし、正直私自身この問題についてあまり議論したいわけでも反対活動したいわけではありません。
でも、著名な漫画家や漫画研究者、知り合いの漫画ファンのブログ、ミクシィ、ツイッターでこの問題が次々と取り上げれれていて、手塚ファンとして、マンガファンの一人として関心をもつようになりました。

詳しくは下記URLを読んでみてください。

漫画・アニメの「非実在青少年」も対象に 東京都の青少年育成条例改正案
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/09/news103.html

無名の一知財政策ウォッチャーの独言 番外その22:東京都青少年保護条例改正案全文の転載
http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-cbc1.html

東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト
http://mitb.bufsiz.jp/

「非実在青少年」規制問題・対策まとめ
http://hijituzai.ehoh.net/

夏目房之介の「で?」

都条例「改正」についてのお知らせ
http://blogs.itmedia.co.jp/natsume/2010/03/post-2eeb.html

都条例への反対方法
http://blogs.itmedia.co.jp/natsume/2010/03/post-f4a0.html

検索していただければ、他にもこの問題に関する記事は、たぶん賛否両論数多出てくると思います。
正直、この手の問題は苦手というか関わりたくない、という気持ちが最初はありました。
自分のブログ荒らされたくないし。
東京のことだから大阪人の私は知ったこっちゃない!という気持ちもちょっとはありました(^^;)
だから最初に言っておきます。不真面目なコメントや配慮に欠けたコメントは禁止します。
でも、真面目にこの問題に対して意見を持っている方はきちんとコミットして下さると嬉しいです。

私の、関わりたくない、スルーしたい、という気持ちを変えることになったのが、漫画家ちばてつやさんの日記でした。
http://ameblo.jp/chibatetsu/entry-10480148209.html

ボクの顔、嬉しそうに笑っているけど、
実は心の中では今とっても心配している事があるんです。
それは、今度の東京都議会で青少年育成条例の改正案が出され、
その中に「非実在青少年」(つまり実写ではなく、
マンガ、アニメ、ゲームなどに出てくる青少年)
への規制が盛り込まれていることです。

ここでは細かい事は省きますが
18才未満のキャラクターの表現を規制するという法律。
こういう法律が決まってしまうとマンガ、アニメだけでなく
いろいろな表現媒体が規制で縛られ、元気がなくなり、
世の中が狭く、息苦しくなってしまうのが目に見えてきます。

我々漫画家仲間たちは、この条例改正案に危機感を持ち、
週明けにも都議会議員の皆さんと話し合う予定です。

そうそう、ボクのホームページの「娯楽室」の中に掲載されている
「…と、ボクは思います!」という短編マンガを
読んで下さるととても嬉しいです。
 
(ちばてつや先生「ぐずてつ日記」 とても心配 より)


その、「…と、ボクは思います!」という短編がこちらに掲載されていますので、まずは是非読んでください。
http://www.chibapro.co.jp/?tbl=gallery

私はこの作品を読んで、本当に感動しました。
作品より文章を抜粋します。

表現は常に描く側の良識に委され己の仕事に対する誇りや自粛に計るべきであって、断じて法律などで規制すべきものではない。
重要なことは一度この法律ができてしまうと規制を受けるのはマンガだけじゃない。
小説、写真、絵画、音楽、思想、評論、新聞、雑誌、これはいずれ全ての表現の規制に関わってくること。
そう!…読者にだって、例え子供にだって自浄能力はあるはずだ。
セックスとか暴力とかだけの内容のない作品ははじめは興味をもたれれも、いずれはあきられて自然淘汰されていく。
絶対に絶対に法律などで規制されるべきものではない。
と、ぼくは思います!!



私も少し前なら規制に賛成する立場だったと思います。
この問題、本当に賛否両論あると思います。
でも、30代になった今ならそういった作品に対して寛容になれるし、何よりも「法律で規制する」ことの何が問題なのか理解できます。
セックスや暴力を扱ったマンガ作品を「法律で規制」することに、「子供に死を見せるのは残酷でかわいそうだからお葬式には連れて行かない」ってことと同種のものを感じるんです。
もちろん子供の読むものに対する「配慮」が必要という意見も理解できます。
セックスや暴力をなるべく「避けたい」「子供に見せたくない」気持ちは理解できるし、私もそういった作品に嫌悪感を感じることはままあります。
実際、コンビニでも本屋でも、表紙から目をそむけたくなるような本がうじゃうじゃ氾濫しているし、今まで規制がかからなかったコミックやアニメの世界ではどんどん低レベルにエスカレートしていっている現状はあると思います。
だから、規制賛成派を責めるような言葉は絶対に言っちゃいけないと思います。

が、子供が成長する上で「性」を避けて排除していくことが、必ずしも正しいとは思いません。
それは、人は…人だけじゃなくてこの世に生きる生き物全てが子孫を産み、命を次の世代に繋ぐための行為であり、本能なんですから。
暴力が含まれる作品についてもそうです。
人が集まるところには常に何らかのディスコミにケーションが生まれます。
それがいじめや悪意、暴力といった形になってしまます。
常にいつの世でも暴力事件は起こる。
それは、人が社会の中で生きている以上どうやってもとめる事はできない「歪み」だと思うのです。
暴力をふるうことは確かに悪かもしれないけど、だからといってそれを読んだ人が必ずしも暴力を奮う人間になるかっていうとそうじゃないわけで。
マンガは人の痛みとか死とかそういったものを疑似体験できる媒体だって見方もできるわけです。
だから、そういった作品を読んだからといって、悪い人間になるってことは実はあまりないし、世の中に氾濫していることは実は「必要悪」なんじゃないかな、と思います。
と同時に、セックスや暴力が含まれる作品を読んで吸収することによって、社会で生き抜く上での「免疫」みたいなものが身につくと思うんです。
実際、私は社会人になってからお酒の席などで男性社員の会話がどんどんエスカレートしていくのを横で聞いててすごく嫌悪感を感じ、傷ついたことがありました。
そういったことに「慣れ始めた」のは20代の半ば過ぎてからだったと思います。
うちの家にはとにかくそういった悪書の類が一切無い(少なくとも親の持ち物では^^;)家庭で育った「箱入り娘」だったもので、社会人になってから結構この手のことで傷ついたりしたものでした。
中高は女子中、女子高で、大学もクラスのほとんどが女子だったし。
言うなれば社会の「必要悪」に対する「免疫力」が低かったのかもしれません。
実際免疫力がつき始めたのは結婚して以降かもしれません(^^;)
今なら「ああ、またか。」みたいな感じでサラッとかわせます。

セックスや暴力が含まれる作品を読んだとしても、たいていの人は自己の自浄能力と理性によってコントロールできます。
それはたとえ子供であっても同じだと思うのです。
だから、親は子供に自浄能力があることをもっと信じてほしい。
干渉しすぎず過保護にならずに、子供に好きなものを読ませるべきだと思います。
まあ、稀におかしくなる人はいますけどね。
でも、それを媒体、メディアのせいにして規制しちゃうのはどうなんだろう、と思います。
ひとくくりに「これはセックスや暴力を取り扱った作品だから悪書だ」と決めつけて法律で規制することに、かつてのファシズム的な匂いを感ぜずにはいられません。


全くこれは偶然なのですが、時を同じくして『手塚治虫エロス1000ページ』(上下巻)が出版されました。
私はこれを読んで、「手塚るみ子さん!よくぞやってくれました!」と拍手を贈りたい気持ちでいっぱいになりました。
手塚漫画は愛とか正義とか勇気とか…そんないわゆる「白テヅカ」だけじゃないんです!
すごくエロくてグロくて残酷な作品もいっぱいあって…そういった手塚作品があることをちゃんと今を生きる人たちに知ってほしい!とずっと思っていました。
「黒テヅカ」こそ手塚漫画の真髄だと思います。
高校生の頃は「白テヅカ」よりも「黒テヅカ」と言われる作品群のほうがずっと魅力的に感じていました。
その頃はなんでこの悪魔的な作品に惹かれるのか、その理由を説明できなかったけれど、今なら人にちゃんと伝えることができます。

『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』で手塚るみ子さんはこう言っています。

「手塚治虫のエロスは女性のエロスではなくて生物体としてのエロスのほう。たとえば、昆虫とかの生態のエロティックさ。生き物そのものの姿形、動きがエロいという…。女性という異性のエロさじゃないんですよ。」

これ読んでやっぱり手塚治虫ってすごいよーっ!!って思いました。
手塚マンガで描かれているエロスは、人が…いや人だけじゃなくてこの世に生きる生き物全てが子孫を産み育てるための営みであり本能なんだっていうそこまでちゃんと描いている、とてつもなくすごい漫画家だっ!て思いました。
だから、誤解を恐れずに言うと手塚マンガのエロスはすごく上品だ、と思うし、すごく美しいさえと感じます。
結局手塚エロスの魅力って「命や性が真摯に描かれている」点だと思うんです。
タブー視したり、変に恥ずかしい感じにならない。
『火の鳥 望郷編』前半でロミとその息子が結ばれるシーンなんて美の骨頂だなって思うんです。

これも『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』で納得したことなのですが、手塚漫画はエロスを描いていて水木漫画はタナトス(死)を描いている。

手塚漫画って改めて読んで思うことは、エロスとタナトスとバイオレンスが本当に真摯に描かれています。
だから、セックスや暴力はタブーだ、法律で規制しろ、なんてひとくくりにしてほしくない。
最後にヤマダトモコさんが自身のミクシィで書いてらっしゃった言葉をお借りします。
「作品を描く自由を表現者に、読む自由は読み手にほしい」と思います。

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