手塚ファンの友人・金沢みやおさんからレポート頂きましたので転載させていただきます。

手塚治虫を語る会@豊中(金沢みやおさんのレポート)

去る2月6日。手塚先生の命日(2月9日)を前にして、生誕の地、豊中で開かれたトークイベントに参加。主宰はマイミクの、のりみさんと夫君の浦さんだ。

地元の文化財「原田城跡 旧羽室家住宅」を会場に、30名の手塚ファンや、先生にご縁の方々が集まった。

イベントは、浦さんの軽妙な司会でスタートし、まずはのりみさんから定番の手塚ゆかりの地紹介(今回は、地元指向で小学校、中学校時代を中心に年代順で)。

メインゲストは、手塚先生の北野中学時代の同級生、岡原進氏である。同級生であるから82歳であられるが、矍鑠たるもので1時間以上を立ったままで話し続けられた。

さて、氏は「巷間伝えられる誤った手塚像を正す!」事に力を入れておられた。いじめられっ子だった、地獄の修練所でひどい目にあった、空襲の日に火の見やぐらで見張りをさせられたなどは、ウソとは言わぬまでも手塚先生の演出・創作が入っている、とおっしゃる。

書籍類を示されて・・・

手塚書籍


『ガラスの地球を救え』はいけません、ウソばっかり(場内笑い)。『手塚治虫少年の実像』が実相です。『朝日ジャーナル別冊 手塚治虫の世界』は寄せられた大御所先生方のカラー追悼イラストと合わせて実に良い。古本屋で見かけたら即座に購入されるように、と推薦された。全て持っていた私もなかなか感心なヤツであるw。

閉会後、私も直接岡原氏にお尋ねしてみた。
先生のエッセイによると、中学にはバントウとかバンカラと呼ばれる乱暴者(いわゆる番長ですな)が居た事になっており、当然これが『ゴッドファーザーの息子』のバンカラのモデルであろうと思っていたが真相は?。

氏のお答え(趣旨)。それもありえません。北野中学には当時インテリ層や富裕層の子弟が集まっており、不良っぽいグループはありませんでした。とのお話であった。・・・うむむ、またしても手塚先生に一杯くわされた!w。バンカラと火の見やぐらは結構本気にしていたのだがなあ・・・。うーむ。真相は一体・・・。

真相といえば一つお尋ねするのを忘れた。『ゴッドファーザーの息子』冒頭一コマ目に、当時の阪急十三駅とみられる鳥瞰の絵がある(北野中学は十三にあった)。そこにただ一箇所だけ手塚先生の描き文字で「八幡荘」と屋号がある。

当時の駅前に実際にそんな下宿?、マージャン屋?があったのか?、手塚先生と何らかの縁があったのかどうか?。次の機会があれば氏にお尋ねしてみよう。

どこまで真実でどこからが伝説なのか。伝説のままでも面白いけれども、ファンとしては、実際のところをやはり知りたいものだ。

伝説といえば、のりみさんが話題にした24時間TVアニメ『バンダーブック』は、放映中にまだ最後の仕上げを行っていたという件。これも各種言われているが、どれが本当かな?w。
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