夫の日記より。原文ママでお送りします。
ファンクラブ会誌に投稿する時はもうちょっとまるくしま~す(汗)。





映画「手塚治虫のブッダ~赤い砂漠よ!美しく~」を観てきた。
嫁さん経由ではツィッター上は好評価が多いと聞き、かたや浦メのマイミクさんの日記では辛口だったりで、果たしてどうなのか興味深々であった。

なにせ浦メが知る範囲では、釈迦如来を真っ向から映画で描いたのは、三隅研次監督の大映映画「釈迦」以来やからな。
北大路欣也が演ったのは、あれは空海か。中村錦之助が演ったのは、あれは日蓮か。

で、観終わった感想をたった一言で言うと、
「原作が、如何にひとコマひとコマ濃密な情報が詰め込まれた大傑作であったかが改めて証明された」

やっぱりなんだな、多感な時期にリアルで原作を読んじゃったもんだから、先ずキャラクターの絵柄からして浦メとしてはNGであった。
せいぜいオヤジさんのスッドーダナ王(浄飯王)とタッタぐらいか、面影を残していたのは。

ストーリー展開は、ほぼ原作通り。
ただ、原作初期の主人公であるチャプラと、原作ではやっと3巻目から本格始動するシッダルタ王子を同時代人にした点が、異なっていた。
それはそれでいいのだが、その割にはタッタがいつまで経ってもガキのまんまで、まあそれは敷島博士に成長抑制剤を注射されたからだと言えば納得できるんだが(出来るかっ!)、この時間軸と肉体的成長の歪みは、東京五輪をリアルで見てきたにも関わらず未だに幼児のまんまの磯野タラちゃん&千里万博をリアルで見てきたにも関わらず未だに乳幼児のまんまの波野イクラにも似て、この映画では日曜ドラマ「JIN」で言うところの「歴史の修正力」は機能しないんだな、と妙に感心してしまった。

さあ、ハナっから訳のわからん文章になってきたぞ、イヒヒヒヒ。
なんせ手塚先生の「ブッダ」やさかいな、言いたい事がイナゴの大群並みにあるぜ。

オープニングでアシタ仙人の師匠・ゴシャラ様が悟りを開くに至ったエピソードが登場したが、浦メはゴシャラ様が、自らを焚き火に身を投じた兎を頭上高く掲げたシーンで、不敬にもこんなセリフを思い起した。即ち、
「う~ん、ここはやっぱりレアよりミディアムやな」
「これって、保険はおりんやろなぁ・・・」
相変わらずバカです、ハイ。

スッドーダナ王の声を演ったのは観世流二十六世宗家・観世清和だったんだけど、そのキャスティングを知った時は、なんで?と思ったぜ。
尤も、観世栄夫も勅使河原宏監督の安部公房映画にちょくちょく出演してたわな。能楽者が声優やったらアカンなんて条例はねえ。大阪では高校の先生が君が代歌わんと罰せられる条例がでけたけど。
関係ないやろう!

それはともかくこのスッドーダナ王、セリフが棒読みなんだよな。
公開前のCMを去年の手塚ファン大会で観た時も、「王様にしては声に重みがないな」と思ったんやけど、軽い+棒読みってのが聴いてて辛かった。
一緒に観賞されたマイミクのMさんが、チョイ役だったらまだしもと仰ってたが、浦メも同感である。
例えば手塚先生の「千夜一夜物語」なんかでは、その他大勢の役で北杜夫や佐賀潜を起用していた。それと同じで良かったんではないか?

チャプラのオカン兼ナレーションは、吉永小百合でもええんやけど、手塚ファンとしては、竹下“火の鳥”景子や。

チャプラの堺正章・・・違った堺雅人とシッダールタの吉岡秀隆は、まあ違和感はなかった。

せやけどスッドーダナ王だけは、もうちょっと重みのある声を聞きたかったぜ。

あと気になったのは、モッブシーンの人物の顔もそうやし、主要キャストにしても、遠景になると顔が点点と線だけの、まるで吉田戦車のキャラみたいになってしまってた事。
最近はアニメなんてトンとご無沙汰やけど、そんなもんなんやろか?浦メには「手抜き」と映ったけどな。
そういえば、浦メが大学生の頃やったか、深夜のバラエテー番組で讃岐うどんならぬ手抜きうどんなんてぇのが紹介されてたな。
だから、ただでさえ長ったらしい日記になってんだから、余計な事を書くなってんだ!

アカンのぉ・・・手塚先生の「ブッダ」なもんやさかい、ついつい年甲斐もなく興奮してもうて。

あとはアイツや!「謎の老人」や!
原作ではシッダールタを導くブラフマン(梵天)だが、映画ではただ単に弦楽器を弾いてるだけのジイチャンや。
しかも、弦は1本だけやのに、なんであんなハーモニーが奏でられるんじゃい???
理由は神様だから?それってドラえもんの最終回=夢落ち説並みに強引やの。

あともうひとつ。テロップにいちいち平仮名ルビを振るのはどうなんだ?
これは最近の大河ドラマでもそうやが、日本人の識字率をバカにしてんのか?
小さい子供でもわかるようにか?
ターゲットにしてんのはどの層じゃい!

タッタの動物への憑依能力も、原作を読んでるファンにはスーッと入るけど、初見のお客さんにはちょっと説明不足だったんじゃないかい?
誰でも読める漢字にルビ振るぐらいなら、その気遣いをそっちの説明に使うてくれ。

チャプラが戦場でシッダールタ王子に挑みかかるシーンは、まるで昭和44年の大河ドラマ「天と地と」の川中島だぜ。
チャプラが石坂兵ちゃんなら、さしずめシッダールタ王子は高橋幸治か。だったら軍配でチャプラの剣を跳ね返してほしかったな。

アシタ仙人が、出来たてほやほやのシッダールタと相まみえる「ご対面シーン」もあっさりしてたな。あそこは原作通りにいくべきじゃなかったんか?
赤ちゃんを抱いて涙するアシタ仙人。それを見て「なにかこの子に不吉な未来でも?」と不安に駆られるスットーダナ王。アシタ仙人曰く「この子は偉大な世界の王たる人になるが、その頃には自分は死んでしまっていて見る事ができない。だからそれが悲しいのだ」
だが映画では、「この子が大きくなる頃には儂はもうおらんじゃろう」の一言だけ。
あたりまえやがな!今でさえ十分なジイチャンなのに、大きくなる頃まだおったら泉重千代さんやがな。金さん銀さんやがな。

んで、ラストのシッダルタ出家シーン。
これこそ次の第二部(作られるんかどうかは知らんけど)へ観客を惹きつける、重要なくだりのハズ。なのにこのアッサリ感は一体なんだ!?
ここで濃厚豚骨ラーメンにせずに透明塩ラーメンにしてどないすんねん!

大ラスの、荒野というか岩山を歩くシッダールタも、浦メにはなんだかトレッキングしてはるようにしか見えなんだわい。
もっと浪花節全開で大盛り上がりに盛り上げてくれ!
そして作らはるんかどうかしらんけど(しつこい)、第二部までお客さんを繋ぎ止めてくれ!

とまあ、書けばザクザクと出てくるけど、やっぱあれだけの重厚長大な物語を、前半だけとはいえ120分で纏めるってぇのは、自ずと限界があるって事よな。

この映画、アドバイザーはひろさちや氏であった。
みうらじゅんではアカンかったのか?
あ、あの人は仏教は仏教でも「教え」ではなく「仏像」の方か。
瀬戸内寂聴、玄侑宋久ではギャラが高かったか?
ま、織田無道でなくて良かったけど。

推薦は全日本仏教会。
協力は全日本冠婚葬祭互助会、曹洞宗、延暦寺、東寺、日蓮宗、立正佼成会etc .
宣伝協力は仏壇のはせがわ、浅草寺etc.
おや、連載誌が潮出版やったのに、日本最大勢力の仏教系宗教団体が入ってへんがな。
チケットを買うのが上記諸団体なら、最大勢力仏教系宗教団体は動員面での協力か?選挙みてえに。
その割には今日の客の入りは、キャパの半分にも満たなかったような気が・・・。

最後にもう一言。
作中でも、あとで買ったパンフにも、遂に「赤い砂漠」についてなんの言及も説明もなかったぜ、予想通り。

映画を観て頂いた方には、赤い砂漠の意味が自ずと理解頂けたハズ・・・なんて制作サイドが考えているとしたならば、残念ながら浦メにはさっぱりわからんかったよ。

まさか第三部で、漸くその意味するところが明かされるんじゃあるめえな?
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