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12月1日、手塚ファン大会に参加のため、嫁さんと上京した。
会場は、ついこないだマイミクのぬー坊さんと一緒に訪れた荻窪の杉並会館。

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去年は高田馬場市民フェスの1ブースという形での開催で、不完全燃焼の感まぬがれずであった。
ハコは小さくなっても、やっぱりファン大会はそれ単体で、会館にての開催がイイ。
前回初めて訪れた時は、駅からの遠さと道間違えたのとで、エライ不便な場所やおぉと閉口したもんだが、流石に今回は2回目とあってスムースに到着。

2階のホール前で受付を済ませる。
「お名前をどうぞ」と手塚プロのチャンネエが聞くので「アセチレン・ランプです」と答えると、嫁さんが「ちゃんと名前言いなさい」と叱ってくれた。相変わらずカタイの。煎餅か?

会場内はざっと見渡すに100席ぐらい。後ろの方に手塚プロ関係者が座るとしたら、参加者は60〜70人ってところか。
実行委員会メンバーにしてマイミクでもあるのん気NGさんや、同じく実行委員会のうっちーさん、マイミクの化石人間さん、ぬー坊さん、ウォレスさん、ヘリトンボさん、マイミクではないが昔からの知り合いのO川さんやみこしさんといった諸先輩方・諸兄姉と、次々挨拶を交わす。
やっぱりこうして年に1、2回手塚という共通の趣味を持つ人々が集うのはイイもんだ。

やがて定刻の14時になり、先ずは松谷社長のご挨拶。社長は相変わらずダンデーだ。

第一幕は、当会館内にある「杉並アニメーションミュージアム」の館長にして“ラーメンの小池さん”鈴木伸一さんに伺う、手塚先生との思い出。

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鈴木館長は、お顔は前々から存じ上げていたが、生でご尊顔を拝するのは初めて。手塚先生の思い出話やトキワ荘や藤子Aさんとの交流など、いろんなエピソードが次々披露されたが、印象に残ったのは手塚ワールド“初体験”は予想に反して『新寶島』ではなく『ジャン大』(ジャングル大帝)だった事。
そして、手塚先生と一緒にいると本当に心愉快な気分になれた、という一言。それを聞いて浦メも心愉快になったがな。
ひとつ注文させてもらうとしたら、スタジオゼロ時代も含めた鈴木さんだけが持っている本邦初公開の貴重な写真群を見せて欲しかったな〜。

インターバルを挟んでの第二幕は、「ファンクラブ・草創期物語」と題して、これまたお顔は昔から存じ上げているが生で拝するのは初めての、元ファンクラブ会長・現推理作家 二階堂黎人さん&元大都社編集長 篠田修一さんのお二人をお迎えしてのトークショウ。
二階堂さんは、小5〜中1まで毎月1回便箋10枚のファンレターを出していたという。ここで場内はざわめく。すごい熱意だ。

ファンクラブの成り立ちとしては、個人的に同好会誌『虫の知らせ』を発行していた森晴路さんと出会い、購読者諸氏を吸収合併の形で現FCが誕生したというエピソードも披露。
その他、二階堂さんの貴重極まりないコレクションが次々(スクリーン上に)登場、会場内は大判小判がザックザクのここ掘れワンワン状態と化した。

篠田さんからは、79年の第一回FC大会(九段会館)は満員の1,500人を動員した事や、集客手法として今は無き『ぴあ』に広告を打った事などが披露された。

当時は1,500人、三十数年後の今日は6、70人・・・。ううむ、フクザツな心境だわい。

また、大阪や名古屋のFC大会では、手塚先生が締め切りに追われてなかなか現れず、本当に大変だった事も開陳された。
今でこそ篠田さん、ニコニコ笑顔で語っておられるが、当時の現場は心底肝が冷えただろうな、と想像するに難くない。
なにせ手塚先生は、自分の披露宴にも原稿で遅刻されたぐらいやからな。
また、手塚先生メインの何かのパーテーでも出現せず、司会の筒井康隆が冷や汗かきまくりで「主賓が現れないので代わりに写真を飾ります」と繋いだ事を何かの本で読んだ事がある。

しかしあの頃は東京以外に、大阪・名古屋・京都・九州にもFCがあったんだよな。
「昔は良かった」なんて懐古趣味には走りたくないが(というかその当時はガキンチョで、当然この世界は知らなんだけど)、本当に熱気ムンムンだったんだなぁと、チョイと羨ましく思っちまった。

アタリマエだが話が興味深く面白く、時間は押しまくり。
巻きを入れて、本当はスケジュールではここで10分休憩なんだけどカットして、怒涛の如く秘蔵映像上映に突入。
以前のファン大会でも上映された「手塚先生に100の質問」のロングバージョンと「南にいったミースケ」の2本が上映された。

「100の質問」は、相変わらず面白い。
「一番怖いものは?」に対し間髪入れず「税金」(場内爆笑)
「好きな動物は?」に対しジェスチャー交じりで「ラッコ!」(場内爆笑)
「なりたい動物は?」に対しまたもや「ラッコ!」(場内爆笑)
「一番欲しいものは?」に対し「アニメの製作費」(場内爆笑)
「オバケを見たことがありますか?」に対し「手塚プロに出たんです、あれはねえ・・・」と言いかけたところで次の質問にチェンジ、場内からは「エエ〜ッ」と“ちょっとちょっとナニすんねんな、先を聞きたいがな”モードの溜め息が。

続く「ミースケ」は感涙モノだった。知識としては知ってたが、もちろん今回が初見。
モロ70年代のレトロテイスト200%噴出のタッチとストーリーなんだけど、何故かしら「やっぱコレがアニメだよな!」とひとり頷いた。
ルパン三世の峯不二子こと増山江威子も出てたし、嬉しいったらありゃしねえ。あ〜、手塚プロ!アニメ作ってくれぇ!!無理して今風やのぉてストロングスタイルでよ!と、アニメよりマンガ派のクセに悶えてしまったぜ。我ながら単細胞じゃのお。
増山“不二子”江威子が劇中で歌う子守唄もなかなか良かった。あれは、何とかアニメ大全集なんてCDに入ってないものかねぇ。無いか・・・。

ここで中〆。
17時45分からは同じ会場で懇親会。こっからは有料参加。人数は40人ぐらいに減った。
料理は立食。
以前、立食をやった時は手配ミスでアッという間に料理がなくなり、浦メはしょうがないので液状化したお米や麦を猪口やジョッキに盛り付けて食べたもんだが、今回はその心配はなかった。
手塚プロ・古徳さんの乾杯の音頭の後、パクパク食べ、ビールをガブガブやりつつ歓談。

恒例のプレゼント大会では、浦メと嫁さんがそれぞれリボンの騎士のマグカップを当て、さらに浦メは二階堂さんのサイン入り文庫本まで当て、嫁さんも他に何か当たり、夫婦揃ってプレゼントだらけになってしまった。決して出来レースではなかったのだが。

他には、1974年のサイン入りヒョウタンツギ巨大イラストや、京都ファン大会のパンフなんてお宝も登場。
流石にこれらは当たらなかった。そりゃそうやな、それらまで当ててもうたら独禁法違反やわな。

・・・とまあ、楽しい時間はアッという間に過ぎ去り、料理もケーサーも消滅し、実行委員会諸兄姉の〆の挨拶で御披楽喜。
初代会長・二階堂さんがのん気NGさんと握手を交わしていたのを偶然目撃し、ジーンとなった・・・。

いつもの濃厚なメンバーで荻窪駅近所のサイゼリヤにて二次会とシャレ込み、22時を廻ってから、上京時の定宿・麹町の東京グリーンパレスにイン。ケータイ大喜利を観ながら寝てしまった。

なんだかんだ言いながらも、やっぱイイよな、ファン大会は。
しかし手塚プロ公認のファン大会は今回がラストだという。次回からは有志が勝手にやってくれ・・・てのが手塚プロ側の意向なのだが、やるにしてもやはり手塚プロのある江戸でないとな、そりゃ。

大阪でって話も言われたが、所詮は地方よ。仮に大阪でやったとしても、東京の会員諸氏が来るのかね!?
なんて事を、嫁さんと話し合った。
それに、手塚プロの看板あってこそ著名なゲストも呼べるワケだしな。

第一日目はこうして幕を閉じた。二日目からは社員旅行だったのだが、それについては、また次回の講釈♪
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