先般の手塚な上京レポートを夫の日記より転載。



2月23日、24日と上京した。今回も目的は手塚。一日目はしのざき文化プラザの企画展「手塚治虫の仕事」を見学、夜は手塚ファンの皆さんと大宴会。そして二日目は、練馬まで足を運び、石神井公園のアトム展&虫プロ見学とシャレこんだ。特に印象深かった二日目についてご報告。

24日の朝、定宿をあとにし練馬区へ。 練馬区といえば、練馬大根だ。『マグマ大使』にコイダマリネという植物宇宙人が登場したが、ひっくり返せば「ネリマダイコ」つまり練馬大根。そういえば『マグマ大使』には、他にイナコソキーデ(出来損ない)なる宇宙人の少年も登場したな・・・。

練馬区の上石神井駅で、アニメーター・Iさんと合流。今日はIさんの案内で、石神井公園内のふるさと文化館で開催されている特別展「アトムが飛んだ日」を、そして更に足をのばして虫プロを見てまわった。寒風吹きすさぶ中、3人で背中を丸めながら巨大な池の畔をそぞろ歩き、ふるさと文化館に到着。
 
アトムが飛んだ日1

アトムが飛んだ日2

旧虫プロの会社案内なんかも展示されており、じっくり眺めさせてもらった。私が生まれる10年も前、富士見台で日夜繰り広げられた熱気に思いを馳せた。

富士見台駅前

続いて富士見台へ。今度は虫プロ見物だ。
虫プロ社屋は、もう5年前やったか手塚プロアニメーターの小林準治氏の案内で、一度訪れた事がある。ただその時は夜間で、あんまりよう分からんかった。今回は白昼堂々の訪問。しっかりと目に焼きつけにゃあ。

ナビゲータのIさんは、有名な「虫のしらせ」を作っていた1972年頃、富士見台駅を出たところの「オーロラ」という喫茶店の上にあった手塚プロで、手塚先生と面会したという。しかし当然、今やその面影これなく、しきりと「駅を出てすぐの喫茶店の上だったハズなんだけど・・・」と首をかしげておられた。
嫁さん「越後屋じゃなかったんですか?」
Iさん「う~ん、そうだったかなぁ・・・???」

越後屋1

越後屋

越後屋というのはかつて手塚プロが、その2・3階に事務所を構えた、肉屋さん兼洋食屋さん。ここも5年前の虫プロ見物時に訪れた。お昼間だったので、シャッターに印刷された1973年の手塚展ポスターのイラストがハッキリと拝見できて、嬉しい事この上ない。ジェットキングやらクスコやらラスコーリニコフやら小山内桐人やら、時代を感じさせるキャラが総出演で、これは本当に貴重なシャッターだ。お店が開いている時は(シャッターは上がっているから)お目にかかれず、閉店時と定休日に「御開帳」というのがユニークだ。
 
そして少々道に迷いながら虫プロへ。黒沢さんの「虫さんぽ」を何度も確認しつつ、住宅街の小路を練り歩きもって漸く到着。こりゃ迷うわ。当時は今ほど家も建ってなかったとはいえ、『バンパイヤ』のトッペイ君はよう辿り着けたのぉ。やっぱり、「動物的勘」って奴か!?

虫プロ

我々の眼前に姿を現した虫プロは・・・小さかった。
今は家々になっている周囲もかつてはみんな虫プロの敷地であったという。近辺には第二~第五までスタジオがあったそうだ。だから当時はホンマに豪勢だったんだろうけどね。玄関右横のタイル壁にデッカイ「虫」のマークがなかったら、思わず通り過ぎてしまっていただろう。


『ある街角の物語』や『鉄腕アトム』は、このスタジオで作られたのか・・・。柴山達雄氏や石津嵐氏、『ブラック・ジャック創作秘話』にも登場された河井竜氏らは、ここで日夜手塚先生と一緒にスクラムを組んで七転八倒されとったのか・・・。

そば処更科

大富湯

何ともいえぬ感慨に浸りつつ、当時虫プロ社員たちがよく利用した蕎麦屋とか銭湯・大富湯を訪ね歩き(しかも銭湯は3月をもって閉店します、とあった。虫プロの熱気と関わりある“手塚遺跡”がまたひとつ消滅するワケで、存在する内に行っておいて良かった。)、駅に戻ってIさんとアデュー。
 
「今回は良かったねえ」
「今回も、良かったねえ、だろ」などと言い合いつつ、平和の裡に帰阪した。

※帰宅してから改めて黒沢さんの「虫さんぽ」を見るに、やっぱり越後屋の前は、駅を出てすぐの喫茶店2階に手塚プロ・漫画部があったという!
Iさんの記憶は正しかったワケだ。

虫さんぽ 第8回:練馬区富士見台・虫プロ界隈を石津嵐さんと歩く!! 参照
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://norimi.blog45.fc2.com/tb.php/689-14d0a2fc