ガールズ&ラブリー@芦屋大丸1

10月11日、大丸芦屋店で開催中の「手塚治虫ガールズ&ラブリー版画展」へ行ってきました。手塚作品の中でも、特に少女マンガにスポットをあてた展覧会で「リボンの騎士」「双子の騎士」「エンゼルの丘」「野ばらの精」「火の鳥・未来編」「あけぼのさん」「虹のとりで」「びいこちゃん」など可憐で美しいキャラクター達にスポットを当てた展覧会でした。

午後2時より手塚るみ子さんのトークショー。
1950年代~1960年代の手塚少女漫画の原稿は、手塚プロにも現存していないものが多いそうです。
「ブラック・ジャック」のピノコちゃんは、るみ子さんがモデルと言われていますが、るみ子さんが生まれる以前・・・1960年代前半までの手塚少女漫画は“少女達が思い描く理想の主人公”だったのに対して、1970年代1980年代の手塚少女キャラクターはピノコや「ブッキラによろしく」のトロ子のように癖があるけれども愛されるキャラ立ちしたものが多くなったという印象。実娘という身近な存在が出来たことによって、手塚先生の描く少女たちに変化が生まれたのかな、と思いました。

特に盛り上がった話が、講談社手塚治虫全集で未収録になった「野ばらよいつ歌う」について。1960年12月号~1961年4月20日号まで「少女サンデー」に連載されたものの、未完に終わった少女漫画で、私は高校生の頃、この作品がどうしても読みたくて随分苦労してコピーを入手した覚えがあります。とにもかくにも絵が可愛らしい。ドイツの音楽家のクララ・シューマンを主人公にした作品なのですが、短い期間で連載が中断してしまい、かなり長い間、幻の手塚作品だったのでした。のちに2005年にジェネオンから発行された「手塚治虫カラー秘蔵作品集」に収録。私の母がドイツ語の教師であった関係で、小学4年、中学3年、大学1年の夏休みにドイツに旅行に行ったことがあるのですが、その時に手にしていた紙幣がクララ・シューマンだった記憶があります。後で調べたら、ユーロに貨幣統一される以前のドイツの最後の100マルク紙幣のデザインがクララ・シューマンでした。のちに「アドルフに告ぐ」や「ルードウィヒ・B」などドイツを舞台にした手塚作品が生まれますが、1960年代からすでにドイツを舞台にした大河ドラマを手塚先生は描いていたわけですね。本当に未完の作品なのが惜しい。

1時間のトークショーはあっと言う間に終了し、るみ子さんと一緒に記念撮影。作品をひとおり見て、シンアンドカンパニーのアトムグッズを購入した後、るみ子さんからお茶に誘われ、ごんぱしんさんと私ども夫婦と4人で神戸風月堂の喫茶店へ。
「マコとルミとチイ」は何パーセントくらい実話なんですか?なんて質問をしたり、手塚話は尽きることなく、2時間半手塚談義。

私の関心はやはり「アドルフに告ぐ」の創作の背景でした。
るみ子さんは、手塚先生が仕事で関わった「ポートピア'81」(1981年開催の神戸ポートアイランド博覧会)で初めて家族で神戸に行き、この時、手塚先生に神戸の異人館などを案内してもらったとのこと。それ以降、神戸は大好きな街になり、以後何度も行くようになったと。るみ子さんの祖父である手塚粲さんは、昭和16(1941)年、丹平写真倶楽部のメンバーと共に神戸の亡命ユダヤ人の写真も撮影していて、父は祖父からその話も聞いていただろうと。なるほど、「アドルフに告ぐ」の連載は1983年からですから、思い出の地・神戸を舞台にした作品を、という思いは長年持っていたのかもしれませんね。

手塚治虫ファンクラブで知り合って結婚した私ども夫婦の馴れ初めから、最初に読んだ手塚漫画などまで聞いていただきました。本当に濃い手塚な一日を過ごさせていただき嬉しかったです。ありがとうございました。



以下は夫の日記より同日のレポートです。

ガールズ&ラブリー@芦屋大丸

嫁さんに連れられて芦屋の大丸へ。
手塚カラー画の版画展示販売で、その中に特に手塚少女マンガの可愛らしい版画を厳選して展示する一画があり、その仕掛け人が手塚るみ子さん。
タイトルも「手塚ガールズ&ラブリー版画展」で、その販促も兼ねたトークショーイベントが開催された。

るみ子さんは、シックな黒いハットにイエローベースの落ち着いたレギンスに黒いパンツと、オシャレな出で立ち。
一方浦メは、最初いつものヨレヨレのズボンにTシャツで出かけんとした。
しかし嫁に、無理矢理ユニクロ謹製「ジャングル大帝」Tシャツ&胸ポケットにスカーフをあしらったベージュのジャケット、卸したてのGパンに着替えさせられちまった。

るみ子さんは喋りも流暢。しかも台本をスラスラではなく、セレクトした少女原画をそれぞれ「自分の言葉で」解説してはった。
つまりこれは、後で嫁も言うておったが、作品に対する“愛”が迸っておったという事。
例えば『エンゼルの丘』の猿とオウムに対するLOVE度などに、るみ子さんの愛をひしひし感じた。

話の中で他に印象に残ったのは、手塚先生がピアノ独学であったという事。
前から先生がピアノを弾かれるのは知っていたが、師についた事もなく、学校に通った事もなく、完全に独学だったとわ!
そういえば年譜見ても、どこにも音楽を習ったとか、習いに行ったなんて一文はなかったな。家にあったレコードなんかを聴いて覚えたんだとか。だから先生は楽譜は読めなかったとか。まるでウェス・モンゴメリーやがな。
これがホントの「耳学問」・・・いや、音楽やから「耳楽問」か。

手塚るみ子さんと@芦屋大丸
トークショー終了後、るみ子さんと記念撮影。
それから少女マンガ版画を眺め、その色彩の美しさにうっとり。定番のリボン、エンゼル以外にも『鳥よせ少女』『虹のとりで』『孔雀貝』に『びいこちゃん』・・・。やっぱええなぁ~、60年代までのカラー手塚漫画わ。

すると、控室から出てきて帰ろうとしてたるみ子さんが我等を見つけ、お茶に誘って下さった。
嫁が間髪入れず「ハイ喜んで!」
こういう時ウチの嫁は遠慮を知らない。

そんなワケで、大丸の中の風月堂でケーキセットを戴きながら、手塚談義に花を咲かせまくった。
途中ウウェイターが、もう帰れとあがりを持ってきた。
にも拘らず話は尽きる事なし。延々2時間半。
るみ子さんは本当に話し好きな人なんやな。しかしその人柄に好感を持ったぜよ。

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