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弾痕の壁の彼岸花

北野高校の「弾痕壁」のそばに咲いていた彼岸花。
そうか・・・彼の岸に逝ってしまった人たちを弔うためにここに植えられたのか・・・。

昭和20年6月15日の空襲で学校防衛にあたっていた北中生2名が亡くなった。六稜会館地下ギャラリーには、当時、中学二年の中島要昌君がかぶっていた鉄兜が展示されている。物言わぬその鉄兜を見る度に私はそこに「現実の戦争」を肌で感じる。手塚治虫の戦争漫画『カノン』で、生徒をかばって即死した女性教師の姿が描かれている。手塚漫画は時に残酷で、目をそむけたくなるようなシーンが多いのだが、それゆえに強いメッセージを感じる。

中島要君の鉄兜

北野旧本館西壁から摘出された米軍機の銃弾

私は『親友が語る手塚治虫の少年時代』を編集執筆するにあたり、徹底的な実名主義を取った。講演録を起こす中で登場する同級生の名前について、出来る限り尋ねて調べて書き記していくことを心がけた。そして、この作業があと2年遅れていたら「死という現実」の前に出来なかったことだっただろう。おそらくそれは「手塚治虫が主人公の伝記」では必要のないことで、他の人は誰もやらなかった、やろうとしなかったことであろう。

本書において、実は大半の人が故人となっているのだが、ここもあえて故人であることを出来るだけ書き記さないように心がけた。なぜならその時「手塚治虫との同時代」を確かに生きていたからだ。そこには無数の人生とストーリーが存在し、手塚治虫との接点があった。「手塚治虫の北野時代」には「現実の戦争」があって、それこそがやはり手塚漫画の根底に流れるメッセージだったと思う。

取材の中でそのサイドストーリーもいろいろお聞きしたのだが、講演録が軸である以上、どうしても書き記せなかった話も多数ある。その話は投稿文などの形で・・・追々書いていければと思う。

弾痕壁20171005

弾痕壁キャプション

弾痕壁殉難の碑
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